大阪公立大学(大阪公大)は1月22日、シダ類の代表ともいえるゼンマイ科のうち、生息域の重なる九州南部においてしばしば同じ場所に生育しているにも関わらず、雑種が今まで見つかっていなかったゼンマイとシロヤマゼンマイについて、両種の人工交雑実験でのデータをもとに、宮崎県において自然雑種を発見するとともに、これまで見つからなかった理由がわかってきたことも発表した。

  • ゼンマイとシロヤマゼンマイとの自然新雑種

    ゼンマイとシロヤマゼンマイとの自然新雑種。3枚の葉をつけた若い個体で、最も小さな葉の大きさは約1cm(出所:大阪公大プレスリリースPDF)

同成果は、大阪公大大学院 理学研究科の名波哲教授、同・上嶋智大大学院生、北海道大学大学院 理学研究院の山田敏弘教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、日本植物系統学会が刊行する藻類や菌類を含む植物に関する全般を扱う欧文学術誌「Acta Phytotaxonomica et Geobotanica」に掲載された。

2倍体の生物は2セットの染色体を持っており、卵や精子は1セットずつ染色体を引き継ぐことで、受精によって新たな組み合わせの2セットの子個体が誕生する。それに対し雑種個体では、両親から受け継ぐ染色体セットが異なるため、減数分裂を正常に行えないことから、通常は子孫を残すことができない。卵や精子を作る減数分裂は染色体セットを二分割する作業だが、2で割れないセットでは減数分裂を行えないからだ。

ところが植物では、雑種の染色体セットが二分割が可能な状態に変化することがある。たとえば、あらかじめ2倍に染色体を増やしておくというもの。つまり、雑種が子孫を残せる種に進化する度に、染色体数は増えていくことになる。実際、約1万種が知られているシダ類は、ほかの植物に比べて非常に多くの染色体を持つ。これは過去に雑種形成を経た種分化を繰り返し、新しい種を生み出してきた結果だと考えられている。

しかし、約2.5億年前に登場し現在ではシダ類の代表ともいえるゼンマイ科において、同科の種間では染色体数の多寡がなく、過去に雑種形成を起こしていないことが推定されている。また染色体数が多くなると、染色体を入れる袋である核も大きくする必要があるが、ゼンマイ科ではおよそ1億8000万年前の化石と現生種とで、核の大きさが変わっていない。そうした点からも、ゼンマイ科では雑種形成が起きにくいことが支持されている。実に、現在のゼンマイ科では、自然雑種の報告がわずか5例しかなく、しかもそのうちの2つの雑種はそれぞれ1か所だけに生育するごく少数の個体群である上、1つはすでに絶滅している。

ゼンマイ科の中で、ゼンマイとシロヤマゼンマイは分布が重なる地域があり、実際に九州南部ではしばしば同じ場所に生育している。また両種はほぼ同時期に繁殖することから、交雑の機会があるはずであるが、両種間の雑種はこれまでのところ発見されていなかった。研究チームはその原因として、「そもそもゼンマイとシロヤマゼンマイとは雑種を作れない」可能性を考察。そこで今回の研究では、その予想の下で人工的な交雑実験を行ったという。

  • 同じ場所に生えるゼンマイと、シロヤマゼンマイ

    同じ場所に生えるゼンマイ(左側の丸みを帯びた葉の植物)と、シロヤマゼンマイ(右側のギザギザの葉の植物)(出所:大阪公大プレスリリースPDF)

しかし実験の結果は予想に反し、極めて容易に交雑できることが判明したとのこと。そこで次に、人工雑種の形態的特徴を手掛かりに、両種の分布が重なる地域の1つである宮崎県において、両種の自然雑種の探索を実施したとする。すると、小さな推定雑種を数個体発見することに成功。遺伝子判定の結果、それらの個体は両種の雑種であることが確かめられた。

その後、人工雑種の作出実験により、個体が発芽してからの成長過程を記録し、葉の枚数や特徴が調べられた。その結果と比較すると、発見された自然雑種はすべて発芽後1年未満(長くても数か月程度)の個体であると推定できたとのこと。なお、それらよりも大きな個体はまったく発見できなかったとした。

以上の結果から、両種の雑種はできるものの、自然環境では発芽後の早い時期に枯れてしまう可能性が示され、このことがゼンマイ科では雑種の報告が少ない、ひいては雑種形成による種分化が少ない理由だと推定された。ちなみに、新発見の自然雑種には新しい雑種名(学名)を与えるのが通例だが、この雑種は極めて短命ですぐに“絶滅”してしまうことから、研究チームでは新雑種名を与えないことにしたという。

研究チームは今後、雑種個体が野外で生存できない理由を明らかにしていくことで、逆にシダ類ではなぜ雑種が多いのかという根本的な問いに答えられる可能性があるとする。雑種形成の仕組みを解明することは、植物の多様性が生まれる過程を知る上で重要なだけでなく、新しい作物の作出にも役立つはずだという。

また両種の人工雑種個体は、安定した気温(25℃前後)で培養すると1年以上生育できることが確かめられている。このことから、夏の暑さや冬の寒さが雑種個体の生育に悪影響を与えている可能性があるといい、この結果は地球温暖化が雑種由来の種の絶滅につながる可能性を暗示しており、温度変化と雑種の安定性との関係について、今後解明する必要があるとしている。

  • 発芽後1年半ほど経過したゼンマイとシロヤマゼンマイとの人工雑種

    発芽後1年半ほど経過したゼンマイとシロヤマゼンマイとの人工雑種(出所:大阪公大プレスリリースPDF)