東京大学(東大)、情報通信研究機構(NICT)、理化学研究所(理研)、科学技術振興機構(JST)の4者は1月19日、伝搬する光を用いた論理量子ビットである「Gottesman-Kitaev-Preskill量子ビット」(以下、GKP量子ビット)を生成したことを共同で発表した。
同成果は、東大大学院 工学系研究科の紺野峻矢大学院生(研究当時)、同 アサバナント・ワリット助教、同 古澤明教授を中心に、NICT、理研、海外の研究者も参加した国際共同研究チームによるもの。詳細は、米科学雑誌「Science」に掲載された。
現在の古典コンピュータは、強力な古典的誤り訂正を備えていることで高い信頼性を有するに至り、今ではコンピュータ無しには現代社会が成り立たないレベルになっている。古典コンピュータは、半導体の微細化を進めることで年々性能を向上させてきたが、その手法にはゴールが見えてきており、新たな方式のコンピュータが求められている。その代表といえるのが、量子コンピュータだ。
量子コンピュータは古典コンピュータを上回る計算能力が期待されているが、現在の量子コンピュータは“外乱に弱い”という欠点を有する。古典コンピュータのように高い信頼性を得るには、正確な計算結果を算出する必要があり、そのために備えるべき仕組みが「誤り訂正」だ。しかし、そのための冗長性を導入するのは困難で、実用的な量子コンピュータである「誤り耐性型量子コンピュータ」の実現を阻害する障壁となっていた。
1つの論理量子ビットを導入するには、通常、非常に多数の量子ビットを用いて相互作用させ、それらを1つの論理量子ビットとして構成する必要がある(以降、区別のために通常の量子ビットを「物理量子ビット」とする)。この方法では、用いる物理量子ビットの数が膨大であることが、実用的な量子コンピュータへの最大の障壁である。
そうした中、2019年に大規模でどのような量子操作も実現可能な量子計算プラットフォームの実証に成功したのが、光量子コンピュータの研究を行っている研究チームだ。これは光という伝搬波型の量子システムの性質が、大規模化や相互作用の容易さにつながるためとのこと。そのプラットフォームに十分な質を持った論理量子ビットを注入することによって、誤り耐性型量子コンピュータを実現することができるとする。
その論理量子ビットとして、1つの物理量子ビットである光パルスで1つの論理量子ビットを実現できるGKP量子ビットが有力視されてきた。しかし、GKP量子ビットの構造を実現するためには、強い非線形性(足し算や比例などの線形に対し、乗数などが非線形性)を使う必要がある。伝搬する波では超伝導やイオントラップのような静止した(定在波)システムと違い、非線形性の増幅が難しく、光量子コンピュータの論理量子ビットの実現の大きな課題の1つだったとのこと。そこで今回の研究では、東大とNICTで共同開発された光子検出器を用いて、最も有力とされるGKP状態が光で生成されたという。
その生成のため、GKP状態を生成するためのシュレディンガーの猫状態を最初に生成。シュレディンガーの猫状態は量子性の高い状態ではあるが、GKP状態とは異なる構造を持つため、その構造を整形するために、光のシステムで実現しやすい線形光学素子が用いられた。今回はこれが1ステップで行われたが、この方法の優れた点は、同じ方法を反復することで質の高いGKP状態を実現できることで、将来の拡張性が期待されるとする。
これまでの光量子コンピュータの研究は、大規模化や高速化の側面が注目されてきたという。それが今回の成果により、上述した特徴を活かした超高速大規模誤り耐性型量子コンピュータの実現への道の第一歩を踏み出すことができたとのこと。これは学術的だけではなく、光量子コンピュータの社会実装の発展にもつながる研究成果だとしている。