循環、分散がキーワード
「新しい食料資源としてコオロギはかなり有望。栄養価が高くて、生産効率が良い。世界人口が増加していく中で、人に不可欠な食料資源であるタンパク質をいかに循環的に活用できるか、環境に負荷のかからない形でサステナブル(持続可能)にできる仕組みは無いかと考え、辿り着いたのがコオロギだった」
こう語るのは、エコロギー社長の葦苅晟矢(あしかり・せいや)氏。
【力をためて飛翔!辰年生まれの経営トップたち】丸紅会長 國分 文也さん
早稲田大学発の昆虫食ベンチャーとして、コオロギを活用したペットフードや食品の開発を行うエコロギー。社名はエコとコオロギを掛け合わせたもので、コオロギという昆虫食で環境問題と食料問題の同時解決を目指している会社である。
コオロギは牛肉や鶏肉など、一般的に高タンパク質と知られる食材よりも更に豊富なタンパク質を含む。コオロギの粉末は約65%が動物性のタンパク源だ。また、牛のゲップが温暖化ガスであるメタンガスの発生源になっていることは有名な話だが、牛肉生産に比べて、4%しか温室効果ガスを排出しないというメリットがある。
いろいろな昆虫がいる中でもコオロギは雑食性が強く、何でも食べる。そのため、通常捨てられてしまう食品や農業から排出される残渣や廃棄物を餌として、フードロスの解決を図ろうというのが葦苅氏の考え。
葦苅氏は2017年、早稲田大学大学院先進理工学研究科在学中にエコロギーを創業。19年に単身で東南アジアのカンボジアへ移住。早稲田で研究した生産ノウハウなどの知見を投入し、カンボジアでコオロギを生産している。日本人にはほとんど馴染みがないものの、カンボジアではコオロギを食べる文化があるという。日本の信州でイナゴや蜂の子を食べる文化があるが、それと同じ感覚だろうか。
「日本では暖房をきかせてコオロギを生産しなければならないが、カンボジアは自然な環境で生産できる。温暖な気候に加え、コオロギを食べる文化のある国だということでカンボジアをスタートの拠点に選んだ。また、カンボジアでは高床式住居に住んでいる人が多いので、床下で副業的にコオロギを生産することができる」(葦苅氏)
同社のコオロギ生産方法はユニークだ。一極集中の工場大量生産ではなく、地方に散在する現地農家に生産を委託する分散型生産が基本。日本で培った効率的で栄養価の高いコオロギの生産方法を現地農家に伝え、コオロギを生産。生産されたコオロギを原則全量買い取る。
農家が自宅の軒先でコオロギを卵から育て、収穫するのにかかる期間は平均45日。農家には年8回の現金収入が入るため、安定的な収入源になっている。同社はそこで生産されたコオロギを粉末にし、加工して、商品化するという仕組みを構築。
現在はコオロギを活用したペットフードや食品の開発を行っており、ペットフード製造大手のドギーマンと共同でハムスター向けのペットフードを開発したり、老舗の醤油醸造所と組んでの醤油開発やコオロギの粉末を練り込んだチョコレートなどを商品化している。
「わたしたちが成し遂げたいことは、食料問題、環境問題を、持続的に食を通じて解決していくこと。循環、分散をキーワードに考えていて、一極集中した大規模工場で大量生産するのではなく、分散的に誰もが、いつでも、どこでも生産できるようなサステナブルな世界をつくっていきたい」(葦苅氏)
食べる価値のある健康食品を開発する!
葦苅氏は1993年生まれの30歳。早稲田大学で生物学、食料資源の問題を研究しており、FAO(国際連合食糧農業機関)が昆虫食に関する報告書を公表したこともあって、昆虫食の可能性に着目。自宅でコオロギを飼いはじめた。
「度々コオロギが逃げ出したりした(笑)」(葦苅氏)経験もありながら、大学でも生産したが、なかなか1万匹の壁を超えることができない。そこでコオロギ農家がいるというカンボジアへ渡り、安定的な生産ができるようになった。
当初は協力農家も数名程度だったが、徐々に生産農家が増加。現在は約65軒の農家と契約しており、年間10トン(1億匹)以上のコオロギ粉末を生産。アジア有数の生産規模になった。
もっとも、日本で昆虫食は〝ゲテモノ〟というイメージが先行している。実際、同社が市場調査を行ったところ、8割の人はまだ昆虫食を食べたことが無く、あったとしても約半分の人が再購入しないと回答。最初は面白半分で食べたとしても、環境にいいからと言って、わざわざ2回、3回と食べようとは思わないのが現状だ。
そうした壁を乗り越えるため、同社が取り組んでいるのが、美味しく手軽に楽しめるような商品開発。コオロギには前述したタンパク質の他、亜鉛や鉄分などのミネラルも豊富に含まれていることから、自然由来の鉄分や亜鉛を摂取できる栄養バーを開発。20~40代の日本人女性は21%が貧血、かくれ貧血を含めると65%もいるとされ、女性の貧血対策になる新商品の開発にも乗り出している。
「最後は消費者がメリットを感じられるかどうか。どんなに環境にいいから食べましょうと言っても、昆虫を食べるメリットが無いとなかなか食べない。そこは健康消費に訴えていくしか無いと考えていて、女性の貧血予防につながるとか、メリットをきちんと発信することが大事。食べる価値のある健康食品を開発することで、地球の環境問題、食料問題、健康問題の同時解決を目指す」と語る葦苅氏。
昆虫食が根付くにはまだまだ時間がかかるだろう。しかし、循環的な仕組みづくりという点で葦苅氏が目指すサステナブル経営への挑戦が注目される。