東京大学(東大)は1月17日、材料を構成している原子の運動について、運動方程式を解くことによりその軌跡を追跡する計算手法である「分子動力学シミュレーション」に基づいた防食塗料添加分子の密着性指標に対する探索手法を新たに開発したことを発表した。
同成果は、東大と日本ペイントホールディングスとの産学協創協定における具体的活動として設置された社会連携講座「革新的コーティング技術の創生」(設置期間:2020年10月1日~2025年9月30日)の共同研究テーマの1つとして推進された。研究は、東大大学院 工学系研究科 マテリアル工学専攻の澁田靖教授、同・一木隆範教授(川崎市産業振興財団ナノ医療イノベーションセンター研究統括兼任)、同・江島広貴准教授、日本ペイント・インダストリアルコーティングス 技術本部 R&Dイノベーション部の鈴木裕之研究員(Core R&Dグループマネージャー)、日本ペイントマリン 技術本部 研究開発部の大西勇研究員(開発グループ)らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行する化学と科学のインタフェースに関する全般を扱う学術誌「ACS Omega」に掲載された。
塗料は、被塗物を鮮やかに見せるという役割もあるが、最も大切な機能は塗膜による基材の保護。金属基材を保護する防食性は、塗膜が発揮する特に重大な保護機能の1つで、表面の薄い塗膜によって構築物が長寿命化され、橋梁や建物などの建造物、自動車や鉄道車両、船舶などの乗り物など、世界中の社会インフラを支えており、塗料の防食性能をさらに飛躍させることができれば、社会インフラの強靭化/長寿命化に要する社会コストの抑制につながることになる。
しかし、従来技術の延長では、防食性能を長寿命化できるブレークスルーを起こすのは容易ではないという。そこで研究チームは今回、スーパーコンピュータを駆使したハイスループット(大量のデータを獲得する計算手法)分子動力学シミュレーションと、2つのデータの関係性の強さを表す指標を数値化する手法の「相関解析」を組み合わせ、長い間防食性を保てる塗料の材料になる候補分子を探索することにしたとする。
今回の手法は、シミュレーションで得られた多数のデータに潜む相関性を抽出する点に新規性があるという。まず、塗膜の防食性にとって重要な密着性が着目され、スーパーコンピュータ上でさまざまな添加分子の酸化鉄基材への吸着状態が網羅的に再現。
次に、得られた多数のシミュレーションデータに対し、ケモインフォマティクス(化学情報学)において、標準的な分子記述子を用いた相関解析が行われた。その結果、「極性分子」(内部に電荷の偏り(極性)を持つ分子のこと)の表面積に対する部分電荷の大きさを表す記述子や、極性部分の面積値を表す記述子が塗材の密着性と強い相関があることが突き止められたとする。
多くの先行研究では、安定構造のエネルギーのみにより吸着性が評価されており、実際の塗材使用環境の影響が考慮されていないという問題点が挙げられていた。それに対して今回の研究では、さまざまな計算手法を活用することでそれらの問題点が克服され、実用的な観点から新たな添加分子の候補を探す際に参照できるようになったという。今回の研究手法が活用されることで、吸着性発現機構の解明という学術分野の開拓だけでなく、スーパーコンピュータを利用した実用塗材開発の高速化に新たな指針を与えることが期待されるとしている。