東京大学(東大)は2024年1月16日、すべて半導体でできた非磁性半導体/強磁性半導体からなる二層ヘテロ接合を作製し、非磁性半導体の中にて界面の磁気結合による巨大なスピン分裂を観測したことを発表した。
同成果は、東大大学院工学系研究科電気系工学専攻の白谷治憲大 学院生、同 瀧口耕介 大学院生(研究当時)、同 レデゥックアイン 准教授、同 田中雅明 教授らの研究グループによるもの。詳細は、2024年1月15日(英国時間)、英国科学誌「Communications Physics」のオンライン版に掲載された。
近年では生成AIやIoTの発展を支える、演算や記憶を担うトランジスタを代表とする半導体デバイスの性能向上を目指した研究の重要度が高まりつつある。しかし、電子機器の普及やデータセンターの増加に伴い、演算や情報の記憶、保持などのたびに消費される電力が爆発的に増大しており、持続的な社会の実現という点から、高性能化とともに省電力化の両立が求められている。
そこで研究グループは、「電荷」と「スピン」の両方を活用して、新しい機能を持つ物質や材料の設計などに応用しようとする「スピントロニクス」という分野にて、電子のスピン自由度を用いてそうした問題の解決を目指してきたという。
今回の研究では最初にすべて半導体でできた非磁性半導体/強磁性半導体からなる二層の単結晶ヘテロ接合(厚さ12nmの非磁性半導体であるInAs薄膜と、アンチモン化ガリウムに鉄を添加した強磁性半導体GaFeSbの厚さ15nmの薄膜の積層)を作製し、その後、非磁性半導体の電子と強磁性半導体の磁性との相互作用によって非磁性半導体の電子状態に大きなスピン分裂を誘起させた。その結果、スピン分裂の大きさは最大で18meVに達し、これまでの記録を4倍以上更新したという。
この構造では伝導電子はInAs層に存在し、抵抗率の大きな違いによりInAs層のみに電流が流れることとなる。非磁性InAs層の結晶性は高品質であり、伝導電子はこのInAs層に閉じ込められるため、高移動度の二次元電子系となる。研究では、この構造に磁場を膜面に垂直方向にかけたときの電気伝導度を測定したところ、鮮明なシュブニコフ-ドハース(Shubnikov-de Haas)振動を観測、その解析によって半導体の性質を支配するフェルミ面の構造を解明することに成功したとする。
また、InAsは非磁性の半導体であるものの、隣接するGaFeSb薄膜の磁気的な性質が界面における近接効果により、InAsの電子状態に付与され大きなスピン分裂を発現することも発見。これは、InAsの二次元電子の波動関数が、量子力学的効果により隣接するGaFeSb層(強磁性で磁化をもつ)にも部分的に浸み出し、電子キャリアと磁化の結合が生じたことに起因しているという。
さらに、ゲート電圧によって波動関数の浸み出しを変えてInAsの電子キャリアとGaFeSbの磁性の結合の強さを制御することができ、スピン分裂の大きさを変調可能であることも示されたともしている。
なお、研究グループでは、今回の研究を発展させることで、電気的特性と磁性を組み合わせた次世代のスピントロニクスやトポロジカル量子デバイスへの応用が期待されるとしている。