理化学研究所(理研)と佐竹マルチミクスの両者は1月16日、上下動撹拌(かくはん)による「動物細胞培養装置」(VMFリアクター)を用いて、容量2Lの規模でヒトiPS細胞を一気に100億個培養する方法を開発したことを発表した。
同成果は、理研 開拓研究本部 鈴木糖鎖代謝生化学研究室の植木雅志専任研究員、佐竹マルチミクス 撹拌技術研究所の加藤好一所長らの共同研究チームによるもの。詳細は、日本生物工学学会が刊行するバイオサイエンス/テクノロジーの全般を扱う学術誌「Journal of Bioscience and Bioengineering」に掲載された。
iPS細胞は、再生医療の重要な細胞ソースであり、さまざまな疾患領域での臨床応用が期待され、国内外で研究が大きく進展している。ただし臨床応用には、十分な量の目的細胞を生産する技術が欠かせない。ヒトiPS細胞の浮遊培養では、細胞凝集塊(スフェロイド)を形成させる必要があるが、その塊を均一に分散させるのが困難だったとする。
動物細胞の大量培養には、一般的に回転動撹拌翼を内部に備えた培養槽が使われている。回転動撹拌の場合、槽底中央部に撹拌されにくい部分が生じることが課題だった。効果的な撹拌のためには撹拌速度を高める必要があるが、その結果、2つの物質が接しながらすれ違う時にお互いに受ける力である「剪断応力(せんだんおうりょく)」も高くなるため、細胞が壊されてしまう危険性があった。回転動撹拌では、攪拌による均一性維持と、剪断応力による細胞傷害がトレードオフの関係にあったのである。
それに対し、培養槽内に水平に設置した楕円形のプレートを上下に動かすことで培養液を均一に保つ手法である上下動撹拌は、剪断応力を低く抑えつつ、高い分散性を示すことが可能だ。研究チームは今回、この上下動攪拌をヒトiPS細胞の大量培養に適用し、未分化を維持しながらヒトiPS細胞の大量培養が行える方法を開発することを目指したという。
まず、回転動撹拌と上下動撹拌の比較のため、流体解析(CFD)シミュレーションと疑似粒子を用いた分散試験が行われた。回転動撹拌で十分な撹拌を実現するには、上述したように速い速度で撹拌翼を回転させる必要があるが、その結果、細胞にダメージを与えてしまい、スフェロイドの形成も阻害してしまうことになる。その上、形成されたスフェロイドは沈降しやすく、回転動撹拌の場合は、底部中心部に集積する。一方の上下動撹拌では、少ない投入動力で全体を均一に緩やかに撹拌することができ、発生する剪断応力も低く抑えられたとのこと。また、沈降しやすいスフェロイドも全体に浮遊して、底部への集積は見られなかったとする。
研究チームは次に、ヒトiPS細胞の培養を行った。平面培養で培養されたヒトiPS細胞を200mLの培地に懸濁(けんだく)して、培養槽(小)で培養を開始。ヒトiPS細胞は、浮遊の条件では会合してスフェロイドを形成し増殖する。そのスフェロイドは徐々に大きくなり、培養6日目で直径300μmを超えたという。培養6日目で形成されたスフェロイドを回収し、酵素処理をして細胞単位に分散させた後、1.0Lの培地に再懸濁して培養槽(大)での培養を行ったとのこと。培養開始24時間後に培地を1.0L追加し、2.0Lとしてさらに6日間培養が続けられた。そして撹拌速度、培地の種類、細胞の種類などさまざまな条件が検討された結果、約100億個の細胞を得られたとしている。
細胞が未分化を維持している時に発現が見られる(多能性を示す指標となる)、転写制御因子(細胞核内で遺伝子の発現を制御するタンパク質)の「Nanog」、「Oct4」、「Sox2」や、未分化を維持している時にも細胞表層に現れる、ムチン糖鎖を持つタンパク質「Podocalyxin」などの発現は、高く維持されていたとする。培養槽(小)での培養後、槽内で直接、心筋細胞への分化誘導を行ったところ、同方向に整列する細胞が観察されたとした。今後研究チームは、さまざまな方向への分化誘導を行い多能性を検証する予定だという。
再生医療に用いる細胞の供給にあたっては、高品質な未分化細胞の供給が求められる。その安定的な供給のためには、技術的な問題点が多く残されており、それらを解決する必要があるとする。そのため研究チームは、槽内での直接的分化誘導方法も検討中であり、細胞を取り出すことなく、均質で分化した細胞材料を供給することが可能になることが理由だとしている。
今回の研究では、1つの細胞株についての検討が行われ、すでにいくつかの細胞株は浮遊培養(3D培養)に適していないことも突き止められたとする。ヒトiPS細胞は細胞株によって性質が異なるが、より多くの細胞株に適応できる手法を開発することによって、今回の成果の応用範囲が広がることが期待されるとのことだ。