日本の森林をどう生かすか─。国土の約7割を占める豊富な資源と見られてきた林業だが、人手不足や林業経営の厳しさが増す中、成長軌道に乗れずにいる。そんな中で成長が早くて花粉量も少ない樹木が関係者の熱い視線を集めている。それが「エリートツリー」だ。『森林の少子高齢化』が進む中、製紙大手の日本製紙が解決の糸口を探っている。
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林業を取り巻く社会課題
日本の国土の約7割を占める森林。だが、林業従事者の人手不足や採算割れする林業経営、さらには脱炭素など有効な資源をうまく活用できないでいるのが現状だ。特に林業従事者は1985年に14.6万人いたが、20年には4.4万人に激減。その後は横ばいが続いている。
実はこれに加えて足元で深刻になっているのが森林の高寿命化。日本は高度成長期に旺盛な住宅需要に対応しようと植林を実施したのだが、それらの人工林が植栽後約50年を迎えてもなお、伐採されずに残っているのだ。現在、日本の人工林で樹齢50年を超えた木が全体の半数以上を占めている。
更に若い木の植林も進んでおらず、伐った後も3割超しか植林されない。というのも、現在の再造林費用は立木販売収入を上回っており、植えても赤字という状況になるからだ。中でも費用の約半分を占める「下刈り」という雑草除去作業が大きな負担となっている。背景にはコスト負担と人手不足がある。
そもそも高齢の木は二酸化炭素(CO2)の吸収量が減少する上に、スギやヒノキの花粉量は植栽後30年から増加する。現在の日本で花粉症を発症する人が増えている1つの要因になっているのだ。森林のCO2吸収量の向上には、成熟した人工林を「伐って、使って、植える」といった若返りが必要になる。
この〝森林の少子高齢化〟に対して製紙大手の日本製紙が手を打ち始めている。それが、成長が早くて剛性が高い一方、花粉量は少ない樹木「エリートツリー」だ。エリートツリーは成長性とCO2吸収量が一般樹木の1.5倍、花粉の量も半分以下という優れもの。そこで同社は、いち早くエリートツリーの苗木生産に乗り出している。
原材料本部林材部エリートツリー推進室室長の根岸直希氏は「エリートツリーは林業のコスト対策、地球温暖化対策、花粉症対策に大いに貢献できるため、日本林業の切り札とも言える」と強調する。同社はエリートツリー苗の育成に必要な事業者の資格「認定特定増殖事業者」を6つの都道府県知事からの認定を受けて取得。24年度から苗木の生産を本格化する予定だ。
エリートツリーがどのようにして林業のコスト削減に寄与するのか。大きな要素は前述した下刈りの期間短縮効果が挙げられる。エリートツリーは初期成長が早いため、下刈り回数が低減する。植栽後、数年で下刈り作業が必要なくなる約1.6メートルまで成長するからだ。結果として、従来5~6回行っていた下刈りの作業が1回、多くても2回で済むようになる。林業従事者にとって大きな利点となる。
中長期で見ても、伐期が50年から30年に短縮されることが見込まれるため、これによる作業量低減で育林コストの削減も見込める。コストの大部分を占める下刈りの作業が減る分、利益率は高まる計算になる。
ユーカリの苗木生産技術を活用
民間企業がエリート苗を量産するのは日本製紙が初。森林総合研究所などから種を購入し、山地などに植えられる大きさにまで育てる。林野庁は19年実績の苗木需要本数7000万本のうち、エリートツリー比率が3%程度だったのに対して、30年にはエリートツリー比率を30%、50年までには90%にする計画を立てている。
そこで日本製紙は国内約400カ所、約9万ヘクタールの社有林を活用し、30年度には国の目標の約3割に当たる年1000万本分の苗木を生産していく計画。同社は23年10月に原材料本部に「エリートツリー推進室」を設置し、生産した苗木の大半を外販するほか、社有林は将来的には全量をエントリーツリー化していく方針を掲げる。
既に日本製紙は生産でも本腰を入れており、6県で閉鎖型採種園・採穂園を整備。ビニールハウス型の閉鎖型の施設にすることで混入物を避けてエリートツリー同士の確実な交配を実現する。その苗木も通常の半分程度に当たる1年で生産可能だ。
他にも、高さ10センチ程度の小さな枝から挿し木ができる独自技術を開発したり、1本ずつ育成する容器なども製造し、各地の事業者に提供していく。
同社がエリートツリーに参入できたのは海外では製紙原料であるユーカリを植林し、苗木生産技術を磨いてきたからだ。「どのような土や肥料が必要で、生育環境をどう整えるか。そういった苗木生産におけるノウハウを活用できる」と根岸氏。
中小企業主体の苗木生産者は林業の衰退により1970年代と比べて95%以上減っている。日本製紙の参入は今後の需要増を補い、苗の供給不足の解消にもつながると期待される。
また、地元の苗木生産者との共存共栄も進める。根岸氏は「自社で生産された種子や穂木は協業する地元の苗木生産者に配布し、育成してもらった苗木は当社が全量を買い取る。それを社有林で活用したり、外販する上に苗木生産の技術支援や資材は全て無償提供する。地元の生産者を増やすことで苗が多く育ち、エリートツリー比率を高めることができる」と話す。
ただ、エリートツリー自体が収益性の高い事業ではない。価格は1本200円程度。通常の苗木と「さほど変わらない」(同)。1000万本販売しても最大で約20億円程度で、売上高が約1.1兆円の日本製紙全体から見ても微々たるもの。住友林業も複数の場所で採種園・採穂園を整備するなど追随している。
国内林業の活性化と脱炭素社会の実現、さらには花粉症発症者の減少など社会課題の解決を一気に進めるエリートツリーの普及が急がれる。