岡山大学は1月11日、これまで知られていなかった「最密充填構造の氷」がナノチューブ内では存在できることを、分子シミュレーションにより明らかにしたことを発表した。

同成果は、岡山大 異分野基礎科学研究所の甲賀研一郎教授(理論物理化学)、中国・浙江大学の望月建爾教授、岡山大大学院 自然科学研究科の足立優司大学院生(研究当時)らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行するさまざまな分野の境界におけるナノサイエンスとナノテクノロジーに関する全般を扱う学術誌「ACS Nano」に掲載された。

H2Oの固体である氷は、分子性結晶相という観点で見ると、温度や圧力に応じて18種類もあり、冷凍庫で作られる一般的な氷はそのうちの1つでしかない。また、ナノメートル程度の薄膜状の二次元氷、ナノチューブ内部の一次元氷なども存在している。とても身近な存在ではあるが、氷はさまざまな姿が存在するのである。

こうした多様な氷に共通するのは、水分子が近接する水分子とちょうど4本の水素結合を形成するという点であり、それは「氷の規則」と呼ばれる。つまり、温度・圧力・ナノ空間次元に応じて、水は結晶構造・密度の異なる多様な氷に変化するが、H2Oという分子構造が安定である限り、決して氷の規則を破ることはない。

そして氷に共通するもう1つの特徴として、「どの結晶構造も最密充填構造ではない」という点がある。最密充填構造とは、球を空間に最も密に詰め込む時の配列のことを指し、金・銀・銅をはじめとする多くの固体は最密充填構造を取る。しかしこれまでのところ、氷の規則を満たし、なおかつ最密充填構造をとる氷があるのかどうかは不明だったという。

研究チームは今回、分子動力学シミュレーションを用いて、ナノチューブ内部の水の挙動を広範な温度・圧力領域で調べたとのこと。その結果、高圧条件下で最密充填構造を持つ結晶氷を複数見出したとする。これまで、ナノチューブ内では“氷の規則”と“最密充填”の2つは相容れないと思われていたが、両条件を同時に満たすタイプの氷が存在することが示されたのである。

また、水分子の水素結合状態、分子回転運動を解析することにより、最密充填氷には2つのタイプがあることが判明。1つは氷の規則を満たし、水素原子配置に規則性のある氷(水素秩序氷)だった。なお氷の規則を満たし、なおかつ最密充填構造を持つ氷は、これまでバルク氷でもナノ空間内氷でも未知だったとしている。

  • ナノチューブ内の最密充填氷の水分子の配列

    ナノチューブ内の最密充填氷の水分子の配列(螺旋型の最密充填構造の一例。ナノチューブは描かれていない)。氷の規則(左上)を満たす水素秩序氷(中段)および氷の規則を満たさず、水分子が回転運動を行うプラスチック氷(下段)が存在する(出所:岡山大Webサイト)

もう1つは、水分子が安定な水素結合を形成せず、回転し続けた状態にある氷だったとする。一般に結晶中の分子の回転運動が止まらない固体のことを「プラスチック固体」といい、今回シミュレーションにより得られたこのタイプの氷はそのプラスチック氷である。なおプラスチック氷は実験ではまだ確認されていないが、バルク氷の分子動力学シミュレーション研究によってその存在が予測されているもので、今回の研究ではナノ空間内部におけるプラスチック氷の存在が示された。

また、同じ最密充填構造を持つ水素秩序氷とプラスチック氷は一対で存在することも突き止められた。同じ圧力条件下では低温側に水素秩序氷、高温側にプラスチック氷が安定に存在するとのこと。バルク固体の最密充填構造は2種類(六方最密構造と面心立方格子構造)だけだが、ナノチューブ内の最密充填構造は多様であり、大別すれば螺旋または直線型の構造を取るとする。

水という身近な物質の物性には、まだ解明されていない領域が数多く残されている。普段目にする水は穏やかな条件のもとにある水だが、鉱物の結晶構造中の水、地球内部の水、そして惑星や衛星の主要成分である水は極端条件下にある。研究チームは今回の研究成果について、このような極端条件下にある水の物性を解明することに寄与する基礎研究であるといえるとしている。