名古屋大学(名大)と名城大学の両者は1月5日、低温プラズマで生成した「酸素ラジカル」を、養分として添加する芳香族アミノ酸の一種「トリプトファン」を含む栽培溶液に照射することで生成した「トリプトファン・ラジカル」が、大腸菌内の酵素不活性化や代謝異常を誘導するという、“その場殺菌”技術の開発に成功したと共同で発表した。
同成果は、名大大学院 工学研究科の岩田直幸博士、名大 低温プラズマ科学研究センターの堀勝特任教授、同・田中宏昌教授、同・石川健治教授、名城大 プラズマバイオ応用研究センターの伊藤昌文教授、同・加藤雅士教授、同・志水元亨准教授、同・西川泰弘准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、環境の技術とイノベーションに関する全般を扱う学術誌「Environmental Technology & Innovation」に掲載された。
水耕栽培農法は、気候に依存しない安定した生産、高い生産性、土地や水資源の効率的な利用が可能であるという利点から、気候変動による農業被害や国際情勢の不安定化といった日本の食料生産におけるリスク要因を克服する持続可能なシステムとして期待されている。栄養を含む溶液を根に供給して栽培する同農法では、その溶液を無駄なく管理するために、病害や腐敗を防ぐ必要性から微生物の増殖を抑制する必要がある。そのため、栽培前の溶液には殺菌剤などの農薬の使用が必要であるとともに、溶液の廃棄処理が環境的な課題となっている。そこで研究チームは今回、低温プラズマで生成した酸素ラジカルに着目したという。
今回の研究では、トリプトファンが入った栽培溶液に対し、低温プラズマによって生じる酸素ラジカル(分子が共有する電子対が解離して不対電子を持つ酸素原子のこと)を照射すると、トリプトファンの側鎖である「インドール環」上の水素が取れた、短寿命なトリプトファン・ラジカルが生成することが判明。その結果、速やかにフォルミルキヌレリン(FKYN)やキヌレリン(KYN)の生成に至ることが示された。生体内の生化学反応でなく、酸素ラジカルが供給された人工的な環境でのKYNの生成の反応スキームを見出しており、プラズマ駆動の生化学反応の一例となっているという。
また、これらのFKYNやKYNには殺菌作用は見られず、酸素ラジカル照射中にのみ殺菌作用が働くことも解明された。さらに、この殺菌は大腸菌の形態観察結果から形態の顕著な変化は見られずに、菌の増殖の抑制が見られているとする。加えて菌内代謝物のメタボローム分析を行ったところ、生存に必須となる解糖系やトリカルボン酸回路に失活、解糖系酵素の1つである酵素「グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ」(GAPDH)の失活が見られ、これらが大腸菌の増殖を抑制した要因と考えられると結論付けた。
研究チームは今回の結果を応用することで、太陽エネルギーなどの自然エネルギーで得られる電気エネルギーから、大気中の窒素と酸素、水を低温プラズマによって化学的に活性化することで、殺菌の効果を得ることができ、廃溶液を大幅に減らせる可能性があるとする。また今回の成果は、化学農薬や熱エネルギーの使用も削減でき、化石燃料を使用する農薬生産や、環境への汚染や残留を削減できる基盤技術として、その実用化のポテンシャルを持つことを十分に示唆するとしている。