新潟大学、東京海洋大学、海洋研究開発機構(JAMSTEC)、西オーストラリア大学、デンマーク超深海研究センターの研究者などで構成される国際研究グループは12月27日、2011年東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)の震源域にある宮城県沖において、有人潜水艇を用いて水深約7500mの日本海溝の海底を調査した結果、同地震で隆起した海底に高さ26m(7~8階建てのビルに相当)の断層崖を発見。現地で計測した地形を詳しく調べた結果、地震が発生した際に日本海溝底では、断層に沿って海底が水平に80~120m動いたことにより先端部がおよそ60m持ち上げられ、その一部が崩壊して断層崖になった過程が示唆されたことを共同で発表した。

同成果は、新潟大 自然科学系(理学部)の植田勇人准教授、東京海洋大の北里洋客員教授、西オーストラリア大学のAlan J. Jamieson 教授らを中心とする国際共同研究グループによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の地球・環境・惑星科学を扱うオープンアクセスジャーナル「Communications Earth & Environment」に掲載された。

東日本大震災は、東北日本の地盤と、その下に沈み込む太平洋プレートとの境界で発生した。震災直後から実施されたさまざまな観測により、海溝の西方約100kmの震源(海面下24kmの地下)で発生した断層の破壊(ズレ)が、地震の揺れが続いたおよそ2分間のうちに日本海溝底にまで達し、付近の地盤を東に50m以上動かしたと推定されている。津波は海底地形の急激な変化によって発生するため、震災時に海溝で起きた地形変動を正確に知ることは大変重要だという。

しかし、日本海溝底は水深6500mを超えており、遠隔観測以外に現地を調査する手段がなかった。そのため、震災後10年以上が経った現在まで、地震時に海溝で何が起きたのか詳しく把握できていなかったという。そこで研究グループは、無人海底観測機と有人潜水艇を用いて、日本周辺の海溝の地質と深海生物の調査を実施することにしたという。

今回の調査は、「プレッシャー・ドロップ号・環太平洋火山帯2022日本航海」として、2022年8~9月に実施された。母船や潜水艇は民間企業によって保有・運航され、潜水艇リミッティング・ファクター号はフル・デプス仕様で、水深1万1000mの潜航能力を備えている。同プロジェクトの第2次航海では、日本海溝への潜航調査が3回行われた。そのうちの1回では、東日本大震災の震源域である宮城県沖日本海溝の水深約7500mの海底での地形・地質調査が実施された。

  • 有人潜水艇リミッティング・ファクター号

    有人潜水艇リミッティング・ファクター号 (出所:新潟大プレスリリースPDF)

今回の調査では、地震で隆起した地形を横断しながら、海底状況の観察とビデオ撮影が行われ、同時に距離と水深を計測して海底地形が記録された。その結果、高さ59mと計測された隆起地形の東の縁に落差26mの垂直に近い崖があり、その下方斜面は崖から崩落したと見られる多量の岩塊で埋め尽くされていることが判明した。

  • 東日本大震災による宮城県~東方沖での断層の動き

    東日本大震災による宮城県~東方沖での断層の動き(「Ueda et al., 2023」の第8図の一部が加筆修正されたもの)。図中の数値は。断層沿いに地盤がずれた距離(m)が表わされている。(A)震災時の地盤の動きから推定された地下の断層のズレ。(B)今回の潜航調査から推定された日本海溝での断層の動き (出所:新潟大プレスリリースPDF)

隆起地形は地震前には存在せず、地震の11日後には観測されていたことから、今回発見された崖も地震時の隆起に伴って形成されたことが考えられるという。陸上の地震で現れる断層崖の落差が、一般的に数十cm~数mであることを考えれば、今回発見された断層崖が破格の規模であることがわかるとする。

そして詳細な解析から、断層によって東に80~120m動いた地盤の先端が急激に約60m持ち上げられ、断層沿いに崩落したことによってこの崖が形成されたことが推定された。日本海溝以外の地域も含めて、海洋プレートが沈み込む境界がずれることで発生した地震(海溝型地震)で現れた断層崖を、海底で観察・記録した報告は世界初だという。

  • 潜航調査で撮影した、東日本大震災の震源域における日本海溝の海底の様子

    潜航調査で撮影された東日本大震災の震源域における日本海溝の海底の様子。(左)ほぼ垂直な断層崖の一部。右:断層崖の下方斜面に広がる泥の崩落岩塊(それぞれ、「Ueda et al.,(2023)」の第6図および第5図の一部が簡略化されたもの) (出所:新潟大プレスリリースPDF)

日本の排他的経済水域には5つの海溝(千島海溝、日本海溝、伊豆-小笠原海溝、南海トラフ、琉球海溝)があり、それれは今後、巨大地震や大規模な津波が発生することが予測されている(特に南海トラフは危険視されている)。2024年秋には、今回の調査と同じ宮城沖日本海溝近傍において、地球深部探査船「ちきゅう」による深海掘削が行われ、震災直後から現在までの地下における断層の状態の変化が詳しく調べられる予定だという。

  • 潜航調査で得られた地形・地質断面

    潜航調査で得られた地形・地質断面(「Ueda et al.,2023」の第4図の一部を加筆修正) (出所:新潟大プレスリリースPDF)

一方で、これまで実現できなかった海溝を含む超深海における詳細な地形調査や、現地における潜航調査を多くの地点で実施することができれば、津波を起こした海底の地形変化の詳細を広域的に把握できるため、より高精度の災害予測に役立つことが期待される。

今回の有人潜水艇での断層崖の発見により、フル・デプス有人潜水艇が海溝での科学調査に大変有用であることが実証された。現在、日本国内に超深海の海溝底に到達できる探査機や潜水艇はないが、巨大地震を発生させる海溝の近くで暮らしていく日本人にとって、超深海探査の重要性は増していくものと思われる。今後もフル・デプス有人潜水艇を含む外国の研究船による日本周辺の海溝の調査が複数計画されており、これらの調査によって超深海の研究が格段に進むことが期待されるとしている。