ルネサス エレクトロニクスが2023年11月30日、独自開発の32ビットRISC-Vコアを発表したことが、半導体業界で注目を集めることとなった。外部からCPUコアを調達するのではなく、自前で用意する動きを見せた背景にはどのような意図があるのか、公になっている情報を中心に読み解いていってみたい。

  • ルネサスが独自開発した32ビットRISC-Vコアの機能ブロック図

    ルネサスが独自開発した32ビットRISC-Vコアの機能ブロック図 (出所:ルネサス)

水面下で長年RISC-Vと向き合ってきたルネサス

RISC-Vが日本で注目を集めるようになったのは2017年12月に開催されたワークショップ「RISC-V Day 2017 Tokyo」の前後ではないかと思われる。当時、同ワークショップに参加されたHisa Ando氏のレポートでは、立ち見も出る盛況ぶりであったと記されているほどの注目を集めた。折しも2016年にソフトバンクグループがArmの買収を実施。Armアーキテクチャが今後も従来同様に提供されるのかどうか、といった懸念が半導体業界に広がっていた時期でもある。

一方でルネサスが公にRISC-Vに取り組んでいることを明らかにしたのは2020年10月1日に発表した台Andes Technologyとの技術IP提携だと思われるが、実はこの日本でもRISC-Vが注目されるようになった2017年から、このAndesとの提携の話が出る間に、すでにルネサスはRISC-Vを使いこなそうと水面下で動いていた。というのも、筆者は2018年下期の時点で、ルネサス主催のあるイベントに参加した際、プレス対応を行っていただいた同社のある人物から、「RISC-Vについては調査している」といった旨の発言を聞かされていたことを記憶に留めている。つまり、2018年の時点で、少なくともRISC-Vがどのようなものなのか、果たしてルネサスとして使いこなせるのか、といった検討レベルであったとしても、すでに水面下でRISC-Vにアクセスしていたことになる。

2023年11月末の自前コア発表までの流れを振り返る

日立製作所、三菱電機、そしてNECのLSI部隊が集まって生まれたルネサス エレクトロニクス(日立と三菱のシステムLSI部隊が合併したのがルネサス テクノロジ、そこにNECの半導体事業であったNECエレクトロニクスが後に合併してルネサス エレクトロニクスが誕生)は、元々マイコン向け独自CPUコアを統合前から自前で開発・提供してきた歴史を有している。古くは日立系のH8、三菱系のM16C、NEC系の78K、セガサターンや小惑星探査機「はやぶさ」にも搭載された実績を有するSHシリーズなどが提供されてきたほか、現在も独自CPUコアとしてRXファミリやRL78ファミリ、RH850ファミリなどが展開されている。

  • 独自CPUコアのロードマップ
  • RXファミリの300mmウェハ
  • 現在も製品開発が継続しているRXファミリはルネサス テクノロジ時代の2009年に初登場。写真はその第1弾「RX610グループ」の発表会見の際の独自CPUコアのロードマップとRXファミリの300mmウェハ (編集部撮影)

自前で多くのCPUコアを開発・提供してきた同社からすれば、RISC-VベースのCPUコアも自社で手掛けようという動きが出てくるのは容易に想像がつく。しかし、それが実を結んだことが発表されたのは2023年も年の瀬に差し迫った11月末である。また、先述のとおり、2020年のAndesとの提携までの期間を見ても2年ほどの隔たりがある(実際にAndesのAX45MPコアを搭載したRZ/Fiveが発表されたのは2022年3月とさらに時間が開いている)。

このAndesとの提携の後、ルネサスは2021年4月にSiFiveと車載用RISC-Vソリューションの共同開発で提携を発表しているほか、あまりRISC-Vという点では話題になっていないが2021年11月に発表された28nm車載用マイコン「RH850/U2B」にて、アクセラレータとしてデンソーからスピンオフして設立されたプロセッサIPベンダのNSITEXE(エヌエスアイテクス)が開発したベクトル演算器搭載のRISC-VベースDFP(データフロープロセッサ)「DR1000C」が搭載されたことを明らかにしている。

  • RH850/U2Bの資料に記載されているブロック図

    RH850/U2Bの資料に記載されているブロック図。アクセラレーターに記載されているDFPがRISC-Vベース (出所:ルネサス)

以下に、ざっくりとだがルネサスとRISC-Vの関係性の年表を記す。

時は金なり、ルネサスは急がば回れを選んだのか?

ルネサス内部でRISC-Vに対してどのような開発体制が敷かれてきたのかは外部からは見通せないが、2018年時点から自前のRISC-V CPUコアを開発する前提であったとしたら、AndesやSiFiveとパートナーシップを締結した理由はどこにあるのか? 

RISC-Vそのものは命令セットであり、個人でも実装することができなくはない。ただ、それを実際にビジネスとして手掛けようと思うと、検証であったり物理設計であったり、関連するソフトウェアを用意したりといった手間とコストがかかってくる。そうなってくると、それらを全部整えてから、ビジネスとして参入しますと宣言すると、先行する競合に水をあけられてしまっている可能性もある。

ルネサスは2019年10月に発表した「RAファミリ」を機に、ようやくArmベースマイコンに本腰を入れたが、競合はそれよりもだいぶ昔にArmベースマイコンを市場に投入しており、RISC-Vでも同じ轍を踏むことは避けたいと思ってもタイミング含めて不思議ではない。

  • 2019年10月のRAファミリ発表時のルネサスの32ビットマイコンの区分

    2019年10月のRAファミリ発表時のルネサスの32ビットマイコンの区分。RXファミリとArmベースのRAおよびRenesas Synergyの2つの方向性が示されることとなった (提供:ルネサス)

そうなると、自前ですべてを用意するのは時間がかかるのが目に見えているのであれば、すでにそうした環境を持っているところに協力を仰ぐことで、そうしたパートナーからノウハウを学ぶという選択肢が出てくることとなる。そうやってRISC-Vへの理解を深めていくことで、課題点の洗い出し、ツールとして必要となる機能の確認などを含めて地力を蓄えつつ、周辺環境の整備も進めていくことで、早期にRISC-V製品の市場投入を実現しつつ、自分たちのRISC-Vへの理解を深めていく。他社からIPを調達するので、もちろんタダにはならないが、時は金なりで、すでに出来上がっているものなので、その分、開発時間を短縮できる点はメリットと言える。

すでにルネサスは、RH850/U2BのアクセラレータへNSITEXEのDFPの搭載、Andes製32ビットRISC-V CPUコアを採用したモータ制御用32ビットASSP「R9A02G020」、音声認識用32ビットASSP「R9A06G150」、ならびに64ビットRISC-V CPUコアを採用した汎用MPU「RZ/Five」などをラインナップしている。まさに急がば回れで、早期の製品投入をしつつも、RISC-Vへの理解を深める取り組みを進めてきたと言えるだろう。

ルネサスのRISC-Vビジネスの位置づけを考える

ルネサスが最初に発表した独自の32ビットRISC-Vコアは標準的な「RV32I」をベースにより簡素な「RV32E」も選択可能とするほか、オプションとして「MACB拡張」を用意。ユースケースに応じて実装可能としている至ってシンプルなものとなっている。

そのため搭載マイコンもローエンド向けとなるが、RISC-Vマイコンにどの程度の市場ニーズがあって、ユーザーはどれくらいいるのか、そうした部分を理解することを目的とした試金石としての位置づけと考えれば、市場に受け入れられなかった時のリスクも含めて妥当な選択と言える。

また、ここでのポイントはすでにサンプル出荷が開始されており、開発ツールとしても、コンフィギュレーション・プラグインを備えた同社の統合開発環境「e2 studio」か、RISC-Vベースマイコンをサポートする主要なサードパーティのIDEが用意されていること。2024年第1四半期には量産品の販売が開始される体制が構築済みという点であろう。ユーザーに期待を持たせつつ、忘れられる前に市場に製品を流通できるギリギリのタイミングと言える。

この独自コアについて、ルネサスでは、リリース文に記載されているように、32ビットマイコンとして提供していくことを予定している。

ルネサスは、業界でいち早く32ビット汎用RISC-V市場向けにCPUコアの独自開発を行うことにより、IoT機器、家電、ヘルスケアや産業用システム向けにオープンでフレキシブルなプラットフォームを提供していく計画です。ルネサス独自のRXコアを搭載したRXファミリと、Arm Cortex-Mコアを搭載したRAファミリに、新たなRISC-V CPUコアを搭載した製品が加わることになり、ルネサスの32ビットマイコンポートフォリオがさらに充実します。(原文ママ)

Andes製RISC-Vコアを搭載した製品はASSPないしMPUであり住み分けがなされていると言える。また、SiFiveとの協業は車載向けと言っている一方、ルネサスRISC-VマイコンはIoTや産業機器向けと言っているので、こちらも住み分けができ、今後も両社とのパートナーシップはしばらく続くものと思われる。

  • Andes製32ビットRISC-Vコア
  • Andes製32ビットRISC-Vコア
  • Andes製32ビットRISC-Vコアを搭載した製品はこれまでにASSPでしか発表されておらず、マイコンという位置づけではない

一方で、独自の32ビットRISC-Vコアの性能/機能向上や64ビット版の対応も進めていき、製品ラインナップの拡充も進めていくことにもなるだろう。また、同社はあまり知られていないが、IPビジネスも手掛けている。ひと昔前の同社の決算短信で記載されていた「その他半導体事業」と言えば分かりやすいかもしれないが、独自コアのIP販売などを手掛けている。そうした観点から考えれば、IPとしてRISC-V CPUコアの提供がなされる可能性もある。そうしたビジネスを展開するためには、各種ツールを外部に提供できる状況にすることや、顧客サポートの体制構築など、社内でマイコンを作る部分以外の取り組みも必要となることを考えると、ようやく社内向け体制が構築できたであろう現在の状況で、すぐにそうしたビジネスへと事業を拡大できるとは思わないが、サードパーティ製ツールなどが拡充していけば可能性がないわけではないだろう。

  • 「その他半導体」の項目

    例えば2015年3月期の同社の決算発表資料では「その他半導体」の項目として通期で47億円の売り上げがあることが記載されている (出所:ルネサス)

ルネサスはRISC-Vマイコンの展開により、独自コアのRXファミリ、Arm Cortex-MコアのRAファミリ、そしてRISC-Vマイコンファミリと32ビットマイコンで3本の柱を持つこととなる。今後、どのように製品バランスを取っていくのかはまだ分からないが、仮にどれかの製品シリーズが行き詰っても、一本足打法にならないで済むようになるという点はビジネス的な観点からすれば安定した事業展開が期待できるようになる。そうした意味でも、同社がこのRISC-Vマイコンビジネスをどのように育てていくのか、注目していく必要があるだろう。