インド宇宙研究機関(ISRO)は2023年12月4日、月探査機「チャンドラヤーン3」の推進モジュールを、月周回軌道から地球周回軌道へ帰還させることに成功したと発表した。
チャンドラヤーン3は月面着陸を目的としたミッションで、今年8月に着陸機と探査車が着陸に成功した。推進モジュールはもともと、それらを地球周回軌道から月周回軌道まで運ぶ役割を担っていたが、余力が生まれたことで地球周回軌道への帰還が実現した。
ISROはこの運用を通じて得られた技術やノウハウを活かし、早ければ2026年にも、月の石を地球に持ち帰るサンプル・リターン・ミッションに挑む。
チャンドラヤーン3とは?
チャンドラヤーン3(Chandrayaan 3)はISROの月探査機で、月着陸機「ヴィクラム(Vikram)」と探査車「プラギヤン(Pragyan)」、そしてそれらを地球周回軌道から月周回軌道へ運んだり、その間の地球との通信を担ったりする「推進モジュール」から構成されている。
今年7月14日に「LVM3」ロケットで打ち上げられ、まず地球を回る軌道に投入されたのち、推進モジュールのスラスターの噴射によって高度を徐々に上げていき、8月5日に月周回軌道に入った。
そして8月17日、推進モジュールからヴィクラムが分離され、8月23日に月の南極に比較的近い地表への着陸に成功した。着陸地点は南緯69.373度、東経32.319度で、「マンジヌスC(Manzinus C)」クレーターと「シンペリウスN(Simpelius N)」クレーターの間に位置する。着陸地点は「シヴ・シャクティ・ポイント」と名付けられた。
その後、ヴィクラムからプラギヤンが発進し、走行を開始した。ヴィクラムもプラギヤンも、当初の予定どおり、12日間にわたって運用され、着陸地点が夜を迎えたのに合わせ、運用を終えた。
一方、推進モジュールは、ヴィクラムの分離後も月周回軌道に留まり、「SHAPE(Spectro-polarimetry of Habitable Planet Earth)」という搭載機器を使った科学観測が行われた。SHAPEは、月の軌道から地球のスペクトルと偏光を観測し、データの収集や研究を行うことで、将来的に居住可能な太陽系外惑星の検出や観測に活かすことを目的としている。
当初、SHAPEによる観測は3か月間の計画で、その後推進モジュールは運用を終えることになっていた。また、月の軌道は重力的に不安定であるため、運用終了後はいつか軌道を外れて月面に衝突するか、太陽周回軌道に到達するものとみられていた。
そんななか、ISROは推進モジュールに、「地球周回軌道への帰還」という新しいミッションを与えた。
ISROによると、LVM3の性能や軌道投入精度が想定より優れていたこと、そして地球から月への軌道変更を最適化できたことで、推進モジュールの推進薬タンクに約100kgの推進剤の残っていたため、実現が可能になったという。
ISROではこの帰還ミッションを通じて、将来的に月の石を地球に持ち帰るサンプル・リターンを行うための運用技術の実証のほか、SHAPEによる地球観測の継続、さらに推進モジュールが月面に衝突したり、地球の高軌道を周回する衛星に接近したりする危険性の低減が図れるとしている。
そして10月9日に最初の軌道変更が行われ、遠月点(月から最も遠い点)高度を、それまでの150kmから5112kmに上げた。10月13日には2回目の軌道変更が行われ、遠月点高度5万3770kmという非常に高い軌道に乗り移り、これにより月のヒル圏を離脱した。
その後、推進モジュールは4回の月フライバイを行い、その間スラスターの噴射を一切行わずに、11月10日には地球のまわりを回る高度18万km×38万kmの軌道に入った。公転周期は約13日で、軌道傾斜角は27度、また近地点高度と遠地点高度は軌道中に変化し、11月22日には地球から15万4000kmのところを通過している。現在の軌道予測によると、最小の近地点高度は11万5000kmで、運用中の地球の人工衛星に接近するおそれもないという。
また、SHAPEペイロードの運用は今後も続き、地球が視野内にあるときはつねに観測を行うとしている。
宇宙機が月周回軌道から地球周回軌道への軌道変更に成功したのは、これが史上初めてである。たとえばアポロ宇宙船や中国の月探査機などは、月周回軌道から離脱したあと、そのまま直接地球に突っ込むように飛行して帰還している。
ISROでは、今回の軌道変更の成功により、以下の成果を達成したとしている。
- 月から地球に帰還するための軌道設計と運用の計画と実行
- 帰還を実現するためのソフトウェアの開発とその検証
- 惑星や月(天体)を横切る重力アシスト・フライバイ(スウィングバイ)の計画と実施
- 推進モジュールの月面への衝突回避と、デブリ生成の抑制
この成果は、インドが計画中の次の月探査計画「チャンドラヤーン4」に活かされることになる。チャンドラヤーン4は、月に着陸後、石を回収して地球に持ち帰るサンプル・リターン・ミッションになるが、その実現のために必要不可欠な技術となる。
たとえばソビエト連邦や中国は、強力な大型ロケットを持っていたため、推進モジュールや月着陸機、月から離陸するロケット、帰還カプセルなどをひとつにまとめた大型の探査機を、一度で打ち上げることができた。しかし、インドにはそれほど強力なロケットがないため、役割を分けた2機の探査機を、それぞれ打ち上げるしかない。
現在の計画では、チャンドラヤーン4ミッションは、地球周回軌道と月周回軌道を往復できる周回機(推進モジュール)、月に着陸して石を採取する着陸機、そして月面からの上昇ロケット段がセットになった探査機と、地球への帰還カプセルとで、機体に分けることになっている。
まず、最初に探査機を打ち上げ、周回機の力で月の周回軌道に飛行し、着陸機を着陸させ、石などのサンプルを収集したのち、月周回軌道に戻って周回機とドッキングする。そして、周回機は月周回軌道を離れ、地球周回軌道に帰ってくる。
それを受けて、別のロケットで帰還カプセルが打ち上げられ、地球周回軌道上で周回機とドッキングしてサンプルを受け取り、カプセルは地球の大気圏に再突入して帰還する。
ISROによると、現時点で打ち上げの目標は2026年だとしている。
参考文献
・Returns to home Earth: Chandrayaan-3 Propulsion Module moved from Lunar orbit to Earth's orbit