理化学研究所(理研)は12月20日、「シングルサイクル(SC)レーザー」をテラワット(1TW=1兆ワット)級のピーク出力にまで高強度化できる新しいレーザー増幅法の開発に成功したことを発表した。

  • SCレーザー光の増幅イメージ

    SCレーザー光の増幅イメージ(出所:理研Webサイト)

同成果は、理研 光量子工学研究センター 超高速コヒーレント軟X線光学研究チームの高橋栄治チームリーダー(理研 開拓研究本部 高橋極限レーザー科学研究室 主任研究員)、同 シュ・ル研究員らの研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の光学に関する全般を扱う学術誌「Nature Photonics」に掲載された。

1アト秒とは100京分の1秒のことで、「アト秒レーザー」とは、その極めてわずかな時間に瞬くカメラのフラッシュであり、それによって電子の動きを捉えることが可能となった。しかし、現状の同レーザーの出力は極めて低いため、幅広い分野で光源として利用するには、その高出力化が必須だった。アト秒レーザーが低出力である理由の1つは、光電場の振動回数が1回程度しかない特殊な「励起レーザー」を用いて発生させる必要があるためだ。つまり同レーザーの高出力化には励起光の高出力化が必須であり、SCレーザー光を高強度に増幅できる技術はこれまでのところ存在していなかったのである。

  • 1サイクル程度の光電場振動を持つレーザー光の出力

    1サイクル程度の光電場振動を持つレーザー光の出力。赤丸は各レーザー手法と共に、これまでに実現された出力エネルギーが示された。今回開発された手法(青丸)によって、従来と比較して50倍を超えるSCレーザー光の高出力化が実現された(出所:理研Webサイト)

そうした中、高橋チームリーダーが2011年に提唱したのが、レーザー増幅法の「二重チャープ光パラメトリック増幅(DC-OPA)法」だ。同手法は、数サイクルのレーザー光をTWからペタワット(1PW=1000兆ワット)のピーク出力にまで増幅することを可能にするものである。しかしDC-OPA法のレーザー増幅帯域の制限により、SCレーザーの増幅には適用できなかったという。そこで研究チームは今回、同手法を基本原理としつつ、そのレーザー増幅媒質に異なる増幅波長域を持つ非線形結晶を使用する手法を考案したとする。

今回の研究では、2種類の非線形結晶として、「酸化マグネシウム添加ニオブ酸リチウム」(MgO:LiNbO3)と「三ホウ酸ビスマス」(BiB3O6)が用いられ、それぞれの担当波長域を分けることで、1つの結晶ではカバーできない増幅域を互いに補い、1オクターブを大きく超える増幅帯域を実現したとのこと。この新手法は、DC-OPA法が持つレーザー出力スケーリング特性を損なうことなく、その増幅帯域を超広帯域化できるという画期的な特徴を持つとしている。

  • SCレーザー光増幅の概念図

    SCレーザー光増幅の概念図。微弱なシード光(種光)をパルス伸張器によりチャープシード光に変え、2種類の非線形結晶を使用して波長域(2~3μm、1.4~2μm)を分けて、チャープポンプ光により増幅する(出所:理研Webサイト)

DC-OPA法の励起レーザーには、ジュールクラスの出力エネルギーを持つチタンサファイアレーザーが使用され、1台のレーザーから微弱シード光(種光)と、同手法のためのポンプ光(励起光)が作り出されている。同手法においては、シード光とポンプ光間の分散量(チャープ量)と符号の関係が、増幅効率および増幅帯域を決定する重要なパラメータとなるという。

  • TW級の出力を持つSCレーザーシステムの装置図

    TW級の出力を持つSCレーザーシステムの装置図。レーザーシステムは、1kHzの繰り返しを持つチタンサファイアレーザー(フロントエンドレーザー)、マルチパス増幅器、3段のDC-OPA部により構成されている(出所:理研Webサイト)

そこで研究チームは、シード光には音響光学素子を用いて、ポンプ光にはチャープ調整器を用いて、個別に分散を与えたとのこと。付加された分散によりパルス幅が伸ばされたチャープシード光は、MgO:LiNbO3結晶による予備増幅段、およびBiB3O6とMgO:LiNbO3の結晶により構成された3段のDC-OPA増幅器を通してチャープポンプ光により増幅される。そして増幅後の光パルスは、パルス圧縮器によりSCにまで圧縮されるという仕組みだ。

各増幅段の増幅スペクトルについては、まずシード光は1.4~3.0μmの帯域を持ち、そのスペクトル帯域を保ったまま3段のDC-OPA増幅器により増幅される。3番目のDC-OPA増幅器による増幅後のパルスエネルギーは53mJであり、スペクトル構造の分析からその中心波長は2.4μmと評価された。

DC-OPA法で増幅された光パルスは、サファイアを用いたパルス圧縮器により、音響光学素子で与えられた分散量を補償され時間圧縮される。中心波長2.4μm光のパルス圧縮の結果を調べたところ、8.6フェムト秒(1フェムト秒=1000兆分の1秒)のパルス幅が達成されたことを確認。レーザー光の中心波長が2.4μmであることから、そのパルス幅の中には1回の光サイクルしか含まれていないと評価できるとする。

この結果、中心波長2.4μmの中赤外レーザーにおいて、SCレーザーとして世界最高レベルの出力スペックとなる出力エネルギー53mJ、ピークパワー6TWのSCレーザーが発生していることが確認されたとした。

なお今回の研究から、使用する非線形結晶や励起レーザーを変更することで、サブサイクルレーザーのテラワット増幅が可能なことも示唆されているという。また、SCレーザーと高次非線形光学効果を組み合わせることで、単一サイクルのX線パルスや時間幅がゼプト秒(1ゼプト秒=10垓分の1秒)の光パルス発生も可能となるとしたうえで、研究チームは、今回の成果が次世代の「ゼプト秒レーザー」研究の扉を開く端緒となることが期待されるとしている。