名古屋大学(名大)は12月20日、真空蒸着プロセスに使用でき、形態的に安定な蒸着膜を与える「フラーレン(C60)誘導体」を開発し、それを電子輸送層に用いて、ペロブスカイト太陽電池の課題だった耐久性を向上させることに成功したと発表した。
同成果は、名大大学院 工学研究科/名大 未来社会創造機構 マテリアルイノベーション研究所の松尾豊教授、レゾナックの共同研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行する機関学術誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載された。
サッカーボール型の特異な形状のC60(フラーレンは炭素原子が60個以外のものも存在するが、ここではC60と略す)は、電子を流すn型有機半導体として、有機エレクトロニクス分野において重要な材料となっている。そのため、電子機能を向上させて集合形態を最適化することを目的として、有機分子を取り付けたC60誘導体が設計・合成されている。
C60誘導体のような有機半導体を有機電子デバイスに用いるためには、そうした有機材料を薄膜化する必要がある。薄膜の作製方法のうち、大学の研究では塗布がよく用いられるが、産業界では製品の信頼性や耐久性を考慮して、良質な薄膜を与える真空蒸着が好まれるという。そこで研究チームは今回、真空蒸着に用いることができ、アモルファスな蒸着膜を与える「ターシャリーブチル基」置換を行ったC60誘導体を新たに開発することを目指したという。
そしてその結果、C60誘導体「インダノフラーレンケトン」(tBu-FIDO)の開発に成功。C60は真空蒸着により、ある程度の結晶性を示す蒸着膜を与え、その薄膜を150℃に加熱すると結晶化の度合いが大きくなる。研究チームが以前に開発した無置換のインダノフラーレンケトン(H-FIDO)は、蒸着直後はアモルファス薄膜だが、150℃に加熱すると結晶性の薄膜になっていた。それに対しtBu-FIDOは、蒸着後も加熱後もアモルファス薄膜のままであることから、tBu-FIDOの薄膜は、真空蒸着により作製することができる上、形態安定性が示されたとしている。
続いて、tBu-FIDOを電子輸送層に用いて、ペロブスカイト太陽電池を作製することが目指された。ペロブスカイト太陽電池は高いエネルギー変換効率を示し、比較的低コストで製造できることから、次世代の太陽電池として期待されているが、耐久性や安定性の課題を解決できないでいる。安定性には、材料そのものの安定性と材料の形態の安定性があり、C60誘導体は化学的に安定だが、形態的な安定性を示さないものが存在する。それが、tBu-FIDOがペロブスカイト太陽電池の電子輸送層として用いられることになった理由だという。
この電子輸送層は、真空蒸着により作製され、今回は比較のため、C60を真空蒸着して形成した電子輸送層を持つペロブスカイト太陽電池も作製された。C60を電子輸送層としたペロブスカイト太陽電池は、初期のエネルギー変換効率として20.45%を示したが、形態的な安定性の欠如(層内でのC60の結晶化)により界面構造が変化し、16日間(384時間)の保管後、変換効率は17.71%に低下したとする。
それに対し、tBu-FIDOを採用したペロブスカイト太陽電池では、初期変換効率は19.30%だったものの、16日間の保管後、変換効率は逆に22.11%に上昇し、変換効率の低下は見られなかったという。変換効率の上昇は、tBu-FIDOが持つ酸素原子によるPb2+イオンへの配位によるペロブスカイト結晶表面の不動態化によるものと推測された。
その後研究チームは、両ペロブスカイト太陽電池において、最高のエネルギー変換効率を示した素子(C60で0日、tBu-FIDOで16日後)の電流-電圧曲線をプロットして比較を実施。その結果、開放端電圧(VOC)、短絡電流密度(JSC)、フィルファクタ(FF)のすべてにおいて、tBu-FIDOでより高い値を示す傾向が見られたとする。ペロブスカイト太陽電池の性能が向上することはもちろん重要なことだが、16日間性能の低下が見られなかった点が特に重要と考えられるといい、ペロブスカイト太陽電池の耐久性向上に寄与する材料は、その実用化に寄与することができると考えているとした。
真空蒸着が可能なC60誘導体は、ペロブスカイト太陽電池だけでなく、有機薄膜太陽電池、有機光ダイオードなどの光電変換素子にも用いられることも期待されるとのこと。特に有機光ダイオードの工業的な生産には、真空蒸着が可能なp型有機半導体とn型有機半導体が使われており、研究チームは、真空蒸着が可能なC60誘導体がn型有機半導体として使えることが考えられるとしている。