インターステラテクノロジズ(IST)は12月7日、北海道大樹町にて、現在開発中の小型衛星用ロケット「ZERO」のエンジン燃焼試験を行った。ZEROは燃料に液化メタンを使うが、今回の燃焼試験は、初めて生物由来のバイオメタンを採用したもの。同社によれば、バイオメタンを使った燃焼試験は、民間ロケット会社としては世界初だという。
筆者は今回、この燃焼試験のほか、バイオメタンを生成する酪農家、燃料として精製する製造プラント、そして射場となる宇宙港「北海道スペースポート」(HOSPO)など、ZEROを取り巻く一連の枠組みを取材することができた。十勝エリアで今どのような取り組みが行われているのか、最新状況を丸ごとレポートしよう。
バイオメタンは燃料として使えるか?
まずは、この燃焼試験についてお伝えしたい。
ISTは、観測ロケット「MOMO」の3号機で、初めて宇宙空間に到達。その次のステップとして開発が進められているのが、今回の「ZERO」である。ZEROは全長32m、直径2.3m、重量71トンの2段式ロケットで、同型のエンジンを第1段に9基、第2段に1基搭載する。打ち上げコストは、8億円以下になる見込みだ(量産時)。
このエンジンであるが、今回初めて、「COSMOS」(コスモス)という名称が明らかにされた。これは、同社が本社を置く大樹町の花がコスモスであるほか、エンジンの特徴であるピントル型インジェクタの噴射形状が花びらに似ていることから、名付けられたという。ちなみにMOMOのエンジンは、内部では「タンポポ」と呼ばれていたとのこと。
COSMOSは、燃料に液化メタン、酸化剤に液体酸素を使う。MOMOの推力が14kN(1.4トン)であったのに対し、COSMOSは130kN(13トン)と、ほとんど10倍近い大型化が必要。それに伴い、同社としては初めて、ガスジェネレータサイクルと再生冷却方式を導入する。高速回転するターボポンプも必要になり、技術的な難易度は一気に上がっている。
今回の燃焼試験シリーズは、まだターボポンプは組み合わせず、燃焼器単体で行うもの。燃料と酸化剤は、高圧のガスを使って燃焼器に送り出している。また、エンジンの推力は60kN(6トン)と、サブスケールモデルを使った試験となる。
最大の注目点は、初めてバイオメタンを使用したことである。ロケットの燃料として本当に使えるのか、性能を確認することが目的で、11月末から2024年1月末まで、燃焼試験を繰り返す予定だ。今回の燃焼試験は、シリーズの4回目。複数回実施するのは、燃料と酸化剤の割合(O/F比)を変え、性能マップを取得するためだ。
エンジンの性能としては、比推力、冷却温度、推力、燃焼圧力などに注目しているそうだが、これまでのところ、燃料として十分な性能を有していることが確認されているという。特に問題が無ければ、今後、ターボポンプと組み合わせた燃焼試験や、実機サイズに大型化した燃焼試験を行っていくことになる。
牛の糞尿からどうやって燃料を作る?
今回の燃焼試験で燃料となったバイオメタンは、実際に、大樹町内で採取されたものが使われたという。まさに、ロケット燃料の地産地消だ。では、このバイオメタンはどうやって作られるのか。次はロケットエンジンで使われるまでの流れを紹介したい。
今回、訪れたのは大樹町内の酪農家である水下ファーム。全部で約900頭の乳牛を飼育しており、その半数の450頭がいる牛舎から出る糞尿が、バイオメタンの生成に使われているという。床の糞尿は、大きなスクレッパーを動かして自動的に収集。ちなみに搾乳作業も、今は全てロボットで自動化されているそうだ。
牛舎で集められた糞尿は、隣の建屋にある発酵槽に送られ、60~70℃に加温。すると、メタン6割、二酸化炭素4割のバイオガスが発生する。分離膜である程度二酸化炭素を除去し、残ったガスをローリーに詰め、帯広市内にあるエア・ウォーターのプラントに輸送。そこで、液化バイオメタン(LBM)として製品化される。
このプラントは、2022年10月より稼働を開始。まだ実証段階ではあるが、LBM製造プラントの稼働は国内初だという。大樹町から到着したバイオガスは、分離膜で二酸化炭素や水分を除去。さらに約-160℃で液化すると同時に、沸点の違いを利用し、メタンの純度を高めている(液化したメタンは下に溜まるが、窒素などは気体として残る)。
このプラントでは、LBMを1日1トン製造する能力があるという。稼働率は30~40%程度で、まだまだ余裕がある状況だ。ちなみに乳牛1頭からは、年間約30トンの糞尿が出て、そこから約320kgのLBMが製造できるとのこと。
酪農家にとって、糞尿の処理は大きな課題だったという。従来は主に堆肥に使っていたが、規模の拡大には限界があった。しかしLBMであれば、工場での燃料や、一般家庭の都市ガスなどに使える。主成分がメタンで同じため、既存の液化天然ガス(LNG)の設備でそのまま使え、普及しやすいのが大きなメリットと言える。
そして、メタンは次世代のロケット燃料として、世界で注目されている。SpaceXの「Starship」で使われているほか、先日、中国企業が世界で初めて軌道投入に成功したことは、大きな話題となった。ISTの稲川貴大社長も、「コスパの良いロケットを作るのに最適」と、メリットを指摘する。
従来、ロケット燃料としては、液体水素やケロシンが主流だった。しかし、液体水素は高い性能の反面、扱いが難しく、設備や部品も含め、全てが高コストになる。ケロシンは扱いやすいが、性能はそこそこで、化石燃料という、環境面での問題も抱える。液化メタンは、水素ほどではないものの性能が高く、コストも安い。
そして、同社は液化メタンとして、LNGではなく、LBMを使うことを決めた。これは、世界のロケット企業の中でも、非常にユニークだ。気になるのはコスト面だが、稲川社長は、「デメリットは何もない」と言い切る。
たしかに、LBMは価格だけを単純に比較すれば、LNGよりかなり割高だ。しかし、LNGは9割ほどがメタンで、そのほかエタンやプロパンも含まれ、産地や時期によってもその組成は変わる。安定した品質のロケット燃料として使うためには、メタンの濃度を高める処理が必要で、その分の追加コストがかかってしまう。
一方、LBMはもともとメタンの純度が高い。エア・ウォーターによれば、メタンの濃度は「99%以上」とのことで、そのまま燃料として使用可能だ。さらに地産地消が可能なため、輸送コスト面でも有利。稲川社長は、「コストを考えても、牛由来の方がメリットがある」と見る。
何よりLNGには、化石由来であるという、大きな問題がある。一方LBMは生物由来のため、カーボンニュートラル。燃料として使うことで二酸化炭素を排出するものの、メタンは二酸化炭素の25倍という高い温室効果を持つ。本来、大気中に放出されていたメタンを回収して活用することは、環境にも優しいのだ。
どこで作ってどこから打ち上げる?
大樹町では、宇宙港「北海道スペースポート」(HOSPO)の整備も進められている。MOMOはこの中の「Launch Complex-0」(LC-0)で打ち上げられてきたが、大型化するZEROでは、新たに隣接して整備される「Launch Complex-1」(LC-1)を射点として利用する計画だ。完成は2024年度を予定している。
今回、LC-1の建設予定地を取材できたのだが、工事はこれから本格化するという状況で、射点の場所も未舗装の道路のまま。それだけだとイメージしにくいかと思い、筆者は今回、VRゴーグル「Quest 3」用のアプリを自作し、AR(拡張現実)でZEROを打ち上げてみた。ZEROが想像以上に大きいことを実感できたのは面白かった。
LC-1は共用の設備で、年間5回程度の打ち上げに対応することが可能だ。ISTは、その最初の利用者となる。さらに、打ち上げ需要の増加に対応するため、「Launch Complex-2」(LC-2)も計画中。LC-2は複数の射点を持ち、より高頻度な打ち上げが可能になる予定だという。
北海道スペースポートには、すでに1,000m滑走路があるのだが、この延伸も進められていた。西側に250m、東側に50m拡張し、全長が1,300mになる計画で、SPACE WALKERがスペースプレーンの試験に使用する予定だ。さらに将来的には、隣接して3,000m滑走路も整備する計画があり、用地はすでに確保ずみとのこと。
また、ISTはZEROの開発や製造に対応するために、大樹町内に新工場を建設した。今回、この工場の様子も見ることができたので、写真で紹介したい。
ちなみに、ZEROの各部はこの工場で製造されるが、最終的な組み立ては射場にて行われる。ロケットが射点に立つ姿を早く見たいところだ。
ZEROはなぜ途中で大型化したのか?
ところで、ZEROの現在の仕様は前述のように全長32m、直径2.3m、重量71トンなのだが、発表された当時は、全長25m、直径1.7m、重量33トンと、一回り小さかった。今回の燃焼試験はサブスケールだったが、実際には、もともと実機サイズだったのに、機体の大型化によってサブスケールになったというのが実情に近い。
なぜ途中で仕様が大幅に変わったのか。これには、政府のSBIR(Small Business Innovation Research)が大きく関係している。
SBIRは、スタートアップの研究開発を支援し、イノベーション創出を促進することを狙った制度だ。その宇宙分野では、「民間ロケットの開発・実証」というテーマで公募があり、2027年度までに、実機製造や飛行実証を行うことをゴールとしている。同社はそれに応募し、この9月に採択が決まった。
SBIRでは、3段階のステージを設定。最初のステージでは、ISTを含む4社が採択されたが、2024年10月に審査があり、ここで3社に絞られる。そして次は2026年4月にも審査が行われ、ここで最後のステージに進む2社が決められる。補助金の最大交付額は、ステージが進むにつれ、20億円→50億円→100億円と規模が大きくなる。
稲川社長は、このSBIRについて、「政府ニーズが見えてきたことが大きい」と指摘する。SBIRの公募要領には、政府衛星の打ち上げについて、「基幹ロケットを優先的に使用していくが、衛星サイズの小さなもの等については民間ロケットの活用も期待される」という記載があった。
ZEROの打ち上げ能力は、もともと最大150kgだった。しかし、各省庁と情報交換を行う中で、もう少し大きいサイズでニーズがありそうだということが分かってきたという。そういったマーケット側のニーズを踏まえ、設計変更を行い、機体を大型化。地球低軌道(LEO)に最大800kg、太陽同期軌道(SSO)に最大250kgへと、能力を強化した。
「SSOで250kgあれば、小型衛星のニーズは大体カバーできるだろう」と、稲川社長は述べる。そして、政府のニーズが確実にあって、それを獲得できるとなれば、投資も集まりやすくなる。SBIRに採択され、最後のステージまで残るということは、そういった意味でも重要なのだ。
ステージの審査を突破するためには、スケジュール通りに開発を進めることが必要になってくるが、その上で、最も気になるのはターボポンプだ。ターボポンプは超高速で回転する部品があり、共振の問題が起きやすく、基幹ロケットである「H3」でも、打ち上げ延期の原因となった。それだけ開発が難しい装置なのだ。
ZERO用のターボポンプは、室蘭工業大学、荏原製作所と共同開発。現在、サブスケールモデルを使い、窒素ガスでタービンを回す冷走試験が行われており、IHIエアロスペースの相生試験場にて、最初のシリーズが完了したところだ。良い性能だったとのことで、今後、ガスジェネレータで生成した高温ガスで行う熱走試験に進むことになる。
ロケットの開発は難しい。同社はMOMOで、初めて打ち上げに成功するまで、2回の失敗があった。初成功で喜んだあとも、2機連続で失敗を経験し、苦しみを味わった。運用がようやく安定してきたのは、機体を大幅にバージョンアップしたその次の号機からで、初号機の打ち上げからは、4年もの時間が過ぎていた。
今ところZEROの開発は順調に見えるが、稲川社長は「課題はこれから絶対に出てくる」と気を引き締める。「それを乗り越えられる体制の方が重要」と指摘した上で、「優秀なメンバーを揃え、試験設備を用意し、高頻度に試験できる体制は整えた。課題が出てきても、あとは突破するだけ」と、自信を見せた。