高知工科大学、金沢工業大学(金工大)、大阪公立大学(大阪公大)の3者は12月15日、光を当てると物質の構造や性質が変化する「光誘起相転移」の初期プロセスを原子スケールで観察することに成功し、この相転移における一連のプロセスを光の波長チューニングにより原子レベルで制御できることを見出したと共同で発表した。
同成果は、高知工科大の稲見栄一准教授、金工大の西岡圭太准教授、大阪公大の金崎順一教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。
物質は、温度や圧力などの外部環境の変化に伴って、同じ化学組成を保ちながらも異なる構造や性質の状態(相)に変化する。そのような変化で最も身近な例が、氷(固体)・水(液体)・水蒸気(気体)の変化だ。こうした相が変化する現象は「相転移」と呼ばれ、材料の熱処理や合金設計をはじめとする今日の材料工学で広く利用されている。
そうした中で、近年になって活発に研究が行われているのが、特定の物質に可視光を照射して相転移を起こす「光誘起相転移」だ。可視光は、温度に換算すると数万℃にもなる高いエネルギーを持つため、光誘起相転移を利用すると、従来の手法では実現できないような未知の物質を作り出すことが可能になるとして期待されている。
この光を使った革新的な物質創成の実現には、「光でいかに相転移を制御的(選択的かつ効率的)に引き起こせるか」が鍵となる。そのためには、光誘起相転移の背景にあるメカニズムの十分な理解が重要だ。特に「光照射によって、物質が初期構造からどのようなプロセスを経て相転移に至るのか」という問題については、理論的な考察はなされているものの、直接観察された例はこれまでなかったという。その理由は、従来の研究が、主に光照射による物質のマクロな構造や物性の変化に焦点を当てており、相転移に伴う原子レベルでのミクロな変化を捉えられていなかったためだとする。そこで研究チームは今回、物質表面を超高解像度で観察できる走査型トンネル顕微鏡を活用して、光誘起相転移に伴う構造変化を、原子レベルでの直接検出することを試みたとのことだ。
実験では、炭素原子から成るグラファイト(黒鉛)が光照射によって「ダイヤファイト」と呼ばれる秩序構造へ相転移する現象が対象とされた。なおダイヤファイトとは、炭素原子で構成されるグラファイトとダイヤモンドの中間的な性質を持つ構造のことだ。従来の材料プロセスでは形成されず、グラファイトに可視光を当てることによってのみ生じる構造である。
光を照射されたグラファイト上では、はじめにわずか2個の炭素原子から成る0.5nm程度の核が形成される。さらに、その核が周辺へ拡大しながらドメインを形成し、そのサイズが約5nmに達すると、構造がグラファイトからダイヤファイトへ大きく変化することが解明された。研究チームによると、これら一連の相転移プロセスは、理論的には予測されていたものの、今回の走査型トンネル顕微鏡を用いた原子分解能での構造観察により、初めて検出に成功したという。
またその相転移プロセスが、当てる光の波長に依存して大きく変化することも確認されたとのこと。短い波長の光(紫寄り)を当てると、グラファイト上の至る所で核が効果的に形成されるのに対し、長い波長の光(赤寄り)を当てると、核の形成よりも核がドメインへ拡大するプロセスが優先的に生じるとしており、この結果は、光のチューニングにより、相転移の一連のプロセスを原子レベルで制御できることを示しているとする。
今回の研究では、光誘起相転移の初期プロセスの直接的な観察が実現されるとともに、相転移の一連のプロセスが、光の波長チューニングにより原子レベルで制御できることも示された。研究チームは、今後このような原子スケールでの知見をさらに蓄積していくことで、光で特定の相転移を選択的かつ効率的に引き起こせるようになると推測する。またこれにより、光誘起相転移を利用した革新的な材料創成法の実現に貢献し、従来の物質科学の枠を超えた新しい材料開発を加速させることで、微細加工技術や材料科学の分野での応用が期待できるとしている。