九州大学(九大)と岐阜大学の両者は12月18日、次世代の熱電変換素子や熱流センサとして注目される「スピンゼーベック効果」を利用した熱電変換素子の課題だった発電電圧を、インクジェット印刷による新規な手法を用いた素子のパターニングによって増強できることを実証したと共同で発表した。
同成果は、九大大学院 システム情報科学研究院の黒川雄一郎助教、同・湯浅裕美教授、岐阜大 工学部の山田啓介准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、エンジニアリング材料に関する全般を扱う学術誌「Advanced Engineering Materials」に掲載された。
スピンゼーベック効果とは、磁性体に熱流を印加することにより、熱流方向に電子スピンの流れを励起する効果のことをいい、磁性金属のみならず、磁性絶縁体でも得られることが特徴だ。磁性体上にスピン軌道相互作用の大きい重金属薄膜を積層すると、熱流で電子スピンを励起した時に重金属層に電子スピンが流れ込み、重金属層のスピン軌道相互作用により電子スピンは電流に変換される。この手法で発電を行うものが、「スピンゼーベック熱電変換素子」である。要するに同素子は、磁性絶縁体中の電子スピンの流れを熱で励起することによって、温度差から電流を取り出すことが可能となるのである。
スピンゼーベック熱電変換素子と従来の熱電変換素子で大きく異なるのは、温度差と取り出す電流の方向だ。従来の熱電変換素子ではその方向が同じだったのに対し、スピンゼーベック熱電変換素子では、温度差と取り出す電流の方向が直交しているため、従来素子よりも薄型でフレキシブルにできるというメリットを有する。このようなメリットは、可動部や曲面など、どこにでも設置可能な環境発電素子やセンサを開発する上で都合がよく、IoT技術と高いシナジーを有すると期待されている。
しかしスピンゼーベック熱電変換素子には、発電する電圧が小さいという課題があった。そこで研究チームは今回、同素子を直列に配列することで「サーモパイル構造」を作製し、発電電圧を増大させることを試みたとのこと。さらに、この構造を作製するための手法として、インクジェットプリンタを用いた印刷法による素子の加工も提案したとする。
インクジェットプリンタを用いた手法では、まず、スピンゼーベック熱電変換素子の原料となる磁性絶縁体ナノ粒子と、サーモパイル構造を作製するための導電性金属ナノ粒子の分散溶媒を、インクとしてインクジェットプリンタに投入することからスタートとなる。その後、あらかじめ作製したサーモパイル構造のPDF画像をもとに、フレキシブルなプラスチックシートに印刷を実施するのみで、多くの素子を一括かつ高速に作製することに成功したという。
また、印刷サーモパイル構造により、発電電圧を従来のおよそ20倍まで増強することにも成功したとのこと。さらに、100回ほど素子を曲げても発電の特性が変わらないことも実証された。
今回の研究により、インクジェットプリンタを用いてスピンゼーベック熱電変換素子を印刷する技術が実証された。同技術はスピンゼーベック熱電変換素子だけでなく、さまざまな磁性デバイスを作製することにも役立つと考えられるという。また、IoT社会の実現やその維持においては、センサや環境発電素子を高速かつ大量に生産する必要がある。研究チームは、今回の研究で提案されたインクジェット印刷による素子作製技術がこの要求を満たすことができ、IoTを活用する社会を実現するために役立つことが期待できるとしている。