東芝は12月15日、株式市場において多数の銘柄の価格間にある複雑な関係性を、量子インスパイアード最適化計算機「シミュレーテッド分岐マシン」(SBM)を用いて高速に分析して新たな取引機会を検出することを特長とする、高速リアルタイム取引システム2例と資産運用システム1例を開発し、その執行能力や有効性を実証したことを発表した。

詳細は、IEEEが関心を寄せるすべての分野を扱う学際的なオープンアクセスジャーナル「IEEE Access」に3本の論文として掲載された(論文1本目論文2本目論文3本目)

金融取引市場においては、一時的な需給の不均衡や市場参加者の心理的なバイアス、集団的な行動によって資産価格が歪められ、「非合理な価格」が生じることがある。ただし株式市場において、多数の銘柄の価格の関係性もしくはその集団的ダイナミクスを分析することで、適正価格およびそれを基準にした非合理な価格の発生を推定できるようになるという。

相関のある多数の銘柄を分析する問題は、現実的な制約として最小取引単位やそのほかの離散性を考慮する場合、しばしば「2次離散最適化問題」に定式化される。同問題は計算機理論において「計算困難問題」に分類され、大規模な問題を高速に解くことはこれまで困難だったとのことだ。

そうした中で東芝は、量子計算機理論に基づき2次離散最適化問題を高速に解くことを可能にする専用計算機としてSBMを開発。SBMを用いて同問題を緩和(線形問題もしくは連続変数問題への緩和)することなく解くことができる新しい金融システムが構想されたが、それらは実際の金融市場において、または実際の金融市場データを用いて実証される必要があったとする。

  • 多数の銘柄の価格の関係性を分析する問題(2次離散最適化問題)の概要

    多数の銘柄の価格の関係性を分析する問題(2次離散最適化問題)の概要(出所:東芝Webサイト)

同社によると、2次離散最適化問題に基づく高度な発注判断の後、注文を発行し、それが高速に価格の変化する株式市場において、意図した数量・価格で約定可能な執行能力を有することを実取引により実証したシステムはこれまでなかったという。そこで今回はまず、金融分野の代表的な同問題である、市場グラフ分析と離散ポートフォリオ最適化に基づく取引戦略を実行するSBM搭載の高速リアルタイム取引システムを2つ開発。その2つのシステムは、東京証券取引所におけるリアルタイム実取引の実績により、執行能力を実証することに成功したとしている。

2つのシステムの応答遅延時間(SBMによる2次離散最適化問題の求解時間のみならず、通信やそのほかのシステムコンポーネントの遅延をすべて含む)は、33マイクロ秒と164マイクロ秒であることが測定された(その主要な成分は、2次離散最適化問題の求解時間)。このような短い遅延性能は、「SBMの革新的な高速求解能力」、「特定の取引戦略に向けたSBMアルゴリズムとその計算機実装のカスタマイズ(さらなる高速化)」、「SBMおよびほかのシステムコンポーネントのインテグレーション」の3点によって達成されたとする。

2つのシステムは、取引対象銘柄の最良気配値の更新を通知するパケットを受信する度にSBMを1回以上実行する。実証実験期間において、第1と第2のシステムは典型的には、それぞれ1日あたり100万回以上、500万回以上のSBMによる求解処理を伴う発注判断が実施されたが、その期間において、誤動作もしくはそれに基づく誤発注は一度も生じなかったという。

  • 2次離散最適化問題に基づく取引戦略を実行するSBM搭載リアルタイム取引システムの執行能力の概要

    2次離散最適化問題に基づく取引戦略を実行するSBM搭載リアルタイム取引システムの執行能力の概要(出所:東芝Webサイト)

そして今回開発された第3のシステムは、これもまた代表的な2次離散最適化問題である「最大独立集合(MIS)問題」に基づいて銘柄を選定する、ポートフォリオ運用戦略の評価システムだ。これまで、MIS問題の求解に基づく無相関ポートフォリオは提案されていたが、MIS問題の求解の困難さのため、そのようなポートフォリオ運用戦略の評価は限定的だったとする。そこで第3のシステムでは、SBMのMIS問題の高速求解能力より、これまでになく大規模な銘柄群(約2000銘柄)を対象とした長期間(10年)の運用成績の評価を可能にしたとのこと。このシステムと東京証券取引所のヒストリカルデータを用いて、大規模なMISポートフォリオ戦略が長期的に優れた運用成績を示すことが初めて実証されたとしている。

  • 最大独立集合(MIS)問題に基づくポートフォリオ運用戦略の評価システムの概要

    最大独立集合(MIS)問題に基づくポートフォリオ運用戦略の評価システムの概要(出所:東芝Webサイト)

3つのシステムはいずれも、金融分野の代表的な2次離散最適化問題を扱う基本的かつ先駆的な実施事例であることから、東芝は、それらを基にしたさまざまな派生システムの開発につながることが期待されるとする。たとえば、銘柄間の相関係数などのリスク・リターン指標の定義を変えることで、また別の特徴を持つ取引・運用戦略を構築することが可能になると考えられるとした。

また、今回の実証で対象とされた東京証券取引所の上場株式のみならず、国内外の多種の市場の金融商品、もしくはそれらを横断的に対象とするシステムを考案することも考えられるといい、同社は、今後も今回のような研究開発を進め、金融市場の安定と健全な発展に貢献していくとしている。