日本マイクロソフト主催の年次最大のテクニカルカンファレンス「Microsoft Ignite Japan」が12月13日に大阪で開かれた。リアルとオンラインのハイブリッド形式で、大阪で開催されたのは4年ぶり。現地会場は約600人が来場し満席となり、オンラインからは約8000人が視聴した。11月に開催された米国本社主催の「Microsoft Ignite」で発表された最新情報に加え、日本で初公開となるトピックなどが紹介された。
日本マイクロソフト津坂社長「Copilotを毎日使っている」
「Microsoft Copilotで実現するAIトランスフォーメーション」と題された基調講演には、代表取締役 社長の津坂美樹氏、執行役員 常務 クラウド&AIソリューション事業本部長の岡嵜禎氏らが登壇し、マイクロソフトのAIソリューションの現在地を紹介した。
津坂氏は冒頭、「多すぎる会議、多すぎる作業時間をどうやって効率化し、本来やりたい仕事に時間をシフトするか。これは永遠の悩みだと思う。そのような状況の中、企業や自治体でマイクロソフトの生成AIサービスを活用する動きが加速している」と切り出した。
22年11月に米OpenAIの生成AI「ChatGPT」が提供されてから、マイクロソフトは次々に生成AI関連の製品を発表してきた。特に、テキストや画像、コードを生成するOpenAIの「GPT」をベースにした大規模言語モデル(LLM)をセキュアな環境から実行できる「Azure OpenAI Service」の普及が著しい。
同ソリューションを生成AIプロジェクトに採用している企業は2300社を超えた。23年9月末時点での採用数が約560社だったことを踏まえると、その普及スピードの早さがわかるだろう。金融や通信、製造など業種業界問わず、あらゆる企業が生成AIの可能性に注目している。
また、10月に発表されたWordやExcelといったMicrosoft 365のアプリケーション群で活用できる法人向けの「Copilot for Microsoft 365」も着実に普及が進んでいる状況だ。NECや日立製作所、トヨタ自動車、ソフトバンクといった大企業を中心に約40社が同サービスを導入している。
津坂氏は、「実は私もここ数カ月毎日のように使っている。まず、朝起きてのメールの処理。そして出られなかった会議の議事録の確認。商談の際には、顧客とその競合状況を最新のプレスリリースなどから要約してもらっている」と、自身もCopilot for Microsoft 365をフル活用していることを明かした。
本田技研工業もCopilot for Microsoft 365を活用している企業の1社だ。同社の執行職 デジタル統括部長の河合泰郎氏は、導入した背景について「自動車業界は100年に1度、変革期が訪れる。当社は今年で75周年を迎えており、生成AIといった最新のテクノロジーを使えるようにすることで、次の変革期を乗り越えたいと考えている。一足先に乗り出さなければ、競争の劣位になると判断した」と説明した。
同基調講演では、Copilot for Microsoft 365の具体的な活用例が紹介された。Wordでマイクロソフトの創業から2023年までの社史を作成するデモや、Outlookで自分らしい表現で文章を生成してもらう「Sound like me」機能などが紹介された。
クラウド&AIソリューション事業本部長の岡嵜禎氏は、「Copilot for Microsoft 365では、顧客企業自身が蓄積してきたデータが重要になる。インターネットの情報だけでなく、企業独自のデータを組み合わせて活用することで、業務に適した活用が期待できる」と補足した。
複雑なAI基盤の構築にも対応
一方で、Copilotを自社データだけでなく、すでに持っているアプリケーションと組み合わせて活用したいといった企業も少なくないだろう。マイクロソフトはそういった企業向けに、Copilotをローコードで開発でき自社独自にカスタムできる統合プラットフォーム「Microsoft Copilot Studio」を発表している。
Microsoft Copilot Studioには、マイクロソフト製品だけでなく、AWSやOracle、AdobeやSalesforce、Slackといった1100を超える組み込み済みプラグインとコネクタが標準搭載されている。もちろん、OpenAI GPTのプラグインの作成と使用も可能で、「自分だけのCopilotをゼロから作ることができる。拡張性も高くスピーディに構築できる点が特徴だ」(岡嵜氏)という。
一方、飛ぶ鳥を落とす勢いで成長している生成AIの技術を、より高度に活用していきたいと考えている企業も多い。
岡嵜氏によると、生成AI導入の初期は、無駄な重複作業を効率化する「要約機能」の利用が多かったが、最近では、生成AIをデータドリブンな意思決定やパーソナライゼーションにつなげ、最終的には繰り返しのタスクを自動化させて完全なオートメーションを実現したいといったユースケースも増えてきているという。
しかし、生成AIの用途が高度になるにつれて、実装はより複雑になっていく。そういった実装の部分をサポートするのが「Azure AI」シリーズだ。その中核を担うのが、先述したAzure OpenAI Service。
同プラットフォームが提供する大規模言語はタイムリーに最新モデルに対応している。OpenAIが提供する「GPT-4」や、その改良版とされる「GPT-4 Turbo」および「GPT-4 Turbo with Vision」、画像生成AIの最新モデル「DALL-E3」、文字起こしAI「Whisper」、といったあらゆる機能が利用できる。「テキストだけでなく画像などを組み合わせることによって、活用の度合いは無限に広がる」(岡嵜氏)
パソナはAzure OpenAI Serviceを活用し、求職者向けのサービスを構築した。生成AIが自己PR作成時のキーワード提案や要点のアドバイスを行い、自身の強みを振り返る機会の提供につなげている。また、Preferred Roboticsが提供する自律移動ロボット「カチャカ」にはAI技術を搭載されており、社内開発中の次世代版では、Azure OpenAI Serviceを検証として利用しているとのことだ。「ユーザーの数は劇的に増加している」と岡嵜氏。
提供するのはOpenAIのモデルだけではない。米Stability AIの「Stable Diffusion」や米Metaの「Code Llama」などオープンソースモデル含め1400を超える大規模言語モデルを利用できる「Model Catalog」の提供をすでに開始している。
また、パブリックプレビュー版として、それらの最新モデルをAPIエンドポイントとして自社のアプリサービスに組み込める「Models as a Service」も提供している。「あくまでも自社に最適なものを組み合わせることが重要だ」(岡嵜氏)
データとAIを司る2つのプラットフォーム
企業の選択肢を増やすため、独自のCopilotを開発できる統合プラットフォーム「Azure AI Studio」も提供している。先述したMicrosoft Copilot Studioはローコードで開発できるプラットフォームで、Azure AI Studioは、より高度なプロコートで開発するプラットフォームという位置付けだ。
岡嵜氏は、「簡単にスピーディーに実装したい場合はMicrosoft Copilot Studio。複数のデータや大規模言語を組み合わせ、複雑で高度なアプリケーションを実際したい場合はプロの開発ができるAzure AI Studioが適している。多くの選択肢を提供できることが重要だ」と説明した。
一方で、AIのアプリケーションの構築には、データ活用も欠かせない重要な要素となる。マイクロソフトは生成AI時代のデータプラットフォームとして「Microsoft Fabric」を提供している。
Fabricは、データ処理からデータのBI化まで一気通貫された統合されたソリューション。また、組織全体で1つに統合された論理データレイク「OneLake」を提供している点も特徴だ。不必要に情報を移動させたり複製したりすることなく、ユーザーやアプリケーションが簡単にデータを共有できるようにする。
伊藤忠商事では、Azure AI StudioとMicrosoft Fabricの両プラットフォームを活用し、生成AIの活用を進めようとしている。現在はGPT4を活用した業務効率化を検証している段階だが、今後は、企画立案におけるコンセプトの策定や、試作品の開発や評価に生成AIを適用させていく。
「言語化が難しい工程に対して生成AIを活用することで、担当者を補助しより魅力的な商品づくりを目指す。総合商社ならではのプライムデータを積極的に活用していく」と、伊藤忠商事 フロンティアビジネス部 チームリーダーの辻井佑昌氏は説明した。
最適な消費電力、そして安心安全のAI活用へ
マイクロソフトは、AIのインフラ技術であるハードウェアの開発にも力を入れる。同社は11月に、自社開発したArm CPU「Microsoft Azure Cobalt」(Cobalt)とAIアクセラレータとなる「Microsoft Azure Maia」(Maia)という、Azure向けの2つのカスタム半導体製品を発表した。これらの製品は、同社の生成AIサービス基盤として、2024年の早期に活用が開始される予定だ。
Cobaltは、64ビットのArm CPUが128コア構成になっており、従来同社ががAzureで提供してきたArmプロセッサと比較して、40%ほど電力効率が改善されているという。Maiaは5nmのプロセスルールで製造され、1050億トランジスタにより実現されている巨大チップになっており、クラウドベースのAI学習に最適化されている。
独自のプロセッサーチップを作るだけでなく、米NVIDIAといった企業との戦略パートナーシップを強化し、「顧客にとって最適な消費電力でAIを実行できるように支援していく考えだ」(岡嵜氏)という。
またマイクロソフトは、企業が安心・安全に生成AIを活用できるように支援するサービスも充実している。
例えば、有害コンテンツを監視・検出し、生成AIの利用をより円滑に安全な体験を提供する「Azure AI Content Safety」が挙げられる。Azure OpenAI Serviceのビルトインセーフシステムとして稼働する機能で、LLM利用に重大なリスクをもたらすプロンプトインジェクション(脱獄)攻撃の検出もできるようになる予定だ。オープンソースモデルにも利用可能。
さらに同社は9月に、著作権侵害の心配なくCopilot製品群を利用するための「Copilot Copyright Commitment」を発表している。
これは、Copilotから生成されたコンテンツを利用している顧客企業が第三者により著作権侵害で訴えられた場合、マイクロソフトが訴訟で生じた不利な判決により課された金額を全額支払うといったもの。そして新たにこの適用範囲を広げ、Azure OpenAI Serviceでも著作権侵害の心配なく利用できる「Copyright Commitment」を発表した。
「Copilotだけでなく、独自のAIアプリケーションにも適用してくれといった声がとても多く、対応範囲を広げた。ルールに沿って実装を進めてもらえれば、著作権関連で心配することなく開発を進められる」(岡嵜氏)
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Microsoft Ignite Japanの基調講演では、マイクロソフトのAIソリューションの現在地が詳細に紹介された。同社が先陣を切って、生成AIを社会に浸透させていることは間違いないだろう。
「地球上のすべての個人とすべての組織が、より多くのことを達成できるようにしていく。大企業や中小中堅企業、スタートアップ、そして政府や自治体、すべての組織にとっての副操縦士(Copilot)になることが目標だ」(津坂氏)