岩手大学は12月12日、細胞内のミトコンドリアに局在し、カルシウムイオンで活性化するタンパク質分解酵素の1つ「カルパイン-5」が、脳へ悪影響を及ぼす炎症反応を促進する分子を活性化することを明らかにしたと発表した。
同成果は、岩手大大学院 理工学研究科の忠海優作大学院生、同・大学 理工学部化学・生命理工学科生命コースの尾﨑拓准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、生化学および生物部理学に関する全般を扱う学術誌「Biochimica et Biophysica Acta - General Subject」に掲載された。
「虚血障害」とは、動脈硬化や血栓などで血流が阻害された結果、酸素や栄養が行き届かなくなることで組織が損傷を受けることをいう。また「再灌流障害」とは、手術や薬などを使って血流を回復させた結果、血流が阻害されていた部位周辺の正常な細胞まで損傷を広げてしまうことを指す。そしてこれらを合わせ、「虚血・再灌流障害」と呼ぶ。
人体において、虚血・再灌流障害が起こることで最も深刻な損傷を受けてしまうのが神経細胞であり、虚血・再灌流障害から神経細胞を守ることで、脳卒中や心筋梗塞などの血流に関わる病気の予後を改善できることが期待されている。しかし、なぜ神経細胞が、同障害によって損傷を受けやすいのか、また、なぜ正常な細胞が巻き込まれてしまうのか、そのメカニズムはまだ良く分かっておらず、そのため有効な予防策も見つかっていないという。
そうした中、これまでの研究で、ヒトでは15種類のファミリータンパク質が発見されているカルパインの中で、カルパイン-5が細胞質だけでなく、ミトコンドリアにも局在することを発見したのが研究チームだという。また、そのミトコンドリアカルパイン-5が、細胞質のものよりカルシムシグナルに対する感受性が高いこと、ヒト由来の培養がん細胞である「HeLa細胞」における小胞体ストレス時に同タンパク質が炎症反応を促進する「カスパーゼ-4」を活性化することを発見したのも研究チームだという。このように、カルパイン-5が生体内においても炎症反応を促進している可能性があるにも関わらず、その生理機能は未解明のままだったという。
そこで研究チームは今回、マウスの脳におけるカルパイン-5の酵素学的性質に焦点を当て、In vitro assay(試験管内での測定のこと)により細胞質のカルパイン-5とミトコンドリアカルパイン-5のカルシウム応答を比較することにしたとする。
比較の結果、ミトコンドリアのカルパイン-5の方が、カルシウム応答が早いことが確認されたとする。この性質は、in vivo(生体内での意味)でも再現性が見られ、脳虚血・再灌流障害において、再灌流後の初期にミトコンドリアカルパイン-5が活性化することが明らかにされたとした。
さらに、免疫組織染色の結果から、カルパイン-5は主に神経細胞で発現していることが判明。そこで、神経細胞におけるミトコンドリアカルパイン-5活性化の生理的意義を調べるため、マウス海馬由来神経細胞株「HT22細胞」でカルパイン-5をノックダウンしたところ、「カスパーゼ-11」の活性化が抑制されることが確認されたとする。カスパーゼ-11の活性化は、GSDMDの切断を通じて炎症性シグナルの放出やパイロトーシスの誘導に関与していることがわかっている。
またヒトの脳梗塞部位において、カルパイン-5の高発現領域が神経細胞の脱落した部位の周辺に見られ、グリア細胞のアストロサイトがカルパイン-5を高発現していることが認められたという。これらの結果から、脳における虚血・再灌流障害の初期には神経細胞で、その末期にはアストロサイトで、カルパイン-5が組織障害を促進している可能性が示唆されたともしている。
なお研究チームでは、今回の研究によって虚血・再灌流障害への新たな予防ターゲットが提案されたことから、今後は、ミトコンドリアカルパイン-5を標的とした虚血・再灌流障害への薬物療法が新たに開発されることが期待されるとしている。