GMOインターネットグループは、東京大学(東大)医科学研究所 癌防御シグナル分野の中西研究室と共同で、生成AIを活用して人間の老化細胞シグナルを解明することを目的とした「生成AIを活用した人間の老化細胞の特定と、臨床応用に関する共同研究」を2023年10月1日より開始した。生成AIを活用した医学系研究とはどのようなものなのか? GMOグループ側としてこの研究に携わる同 研究開発本部AI研究開発室長の片野道雄氏とGMOフィナンシャルホールディングス 事業企画室(医師)の横山諒一氏にお話を伺った。

赤ちゃんから高齢者まで誰でももっている老化細胞

そもそも今回の共同研究のきっかけとなったのは、2022年12月にテレビ局が東大の中西真 教授が取り組む老化研究を取り上げたことに遡るという。

  • 老化細胞が蓄積されるとでてくるさまざまな症状のイメージ図

    老化細胞が蓄積されるとでてくるさまざまな症状のイメージ図

「老化」と聞くと歳を重ねるごとに徐々に進んでいくイメージを持っている人もいるかもしれないが、厳密に言うと「老化」と「加齢」は異なる。加齢は誕生してから歳を重ねていく時間の経過であり、老化は加齢に伴って生じる生理機能の低下で、細胞が老化することに起因すると考えられている。

この細胞の老化は、細胞の染色体の端にある「テロメア」という部分が細胞分裂のたびに短くなっていき、限界まで短くなるなどの理由で通常行われている分裂が止まることで発現するとされている。本来、こうした細胞老化を起こした「老化細胞」は免疫が排除してくれるはずなのだが、一部が排除されずに体内に残り加齢と共に蓄積されることで炎症が起こり、がんなどの加齢性疾患の原因となることが分かってきた。これがいわゆる老化現象となるわけだが、その大前提となる老化細胞そのものは赤ちゃんから若者、高齢者まであらゆる世代の人間の体内に少なからず存在していると言える。

  • 老化細胞ができるメカニズムのイメージ図

    老化細胞ができるメカニズムのイメージ図 (出所:東大 中西研究室)

中西教授は、この老化細胞を取り除く方法の研究を進めてきており、その研究成果の1つとして、老化細胞は細胞内が通常は酸性になっているが「グルタミナーゼ1(GLS1)」という酵素を使って産生されたアンモニアを利用することで酸性を中和することで中性に戻ることで生き続けていることを突き止め、この酵素の働きを邪魔する「GLS1阻害剤」という物質をマウスに投与する実験を実施。その結果、マウスの老化細胞が減少し、肝臓の炎症や動脈硬化などの症状も改善したほか、体力も向上することが確認されたという。

この単純に「老化を止める」だけではなく「若返らせる」という革新的な研究を知ったGMO代表取締役グループ代表の熊谷正寿氏は「この研究が成功したら人類史を変える」と確信し共同で研究をスタートさせたとする。

中西研究室の老化研究とGMOの独自AI技術の融合

中西研究室ではすでにマウスでの老化細胞の除去実験に成功するなど順調に研究が進んでいるようにもみえるが、マウスで証明された成果であっても、実際にそれを人間に応用するにはさまざまな検証をしていくことが必要で、そのためには大変な時間と労力がかかるのだという。

例えば、どのような細胞種でも老化細胞に変化する可能性はあり、その老化細胞に変化するメカニズムはまだ明らかにされてない部分も多く、同じ種類でも老化細胞になるものもあればならないものもあるというようにパターンの特定が難しいことが挙げられるという。

この研究を実用的なものとするためには、どういう遺伝子が老化細胞と関係しているのかを特定する必要があるとするほか、マウスと人間の細胞内の遺伝子機能の違いや、共通性を見つけることなども必要だとする。そして、そのためには人間の各細胞内に関する大量のデータの解析が必須だと片野氏らは説明する。

そこでGMOでは、NVIDIAの高性能GPU「H100」を搭載したサーバの提供や、データサイエンティスト、機械学習エンジニアの派遣など独自のAI技術やノウハウを中西研究室に提供していくとするほか、東大医科学研究所のヒトゲノム解析センターが運用するスーパーコンピュータ「SHIROKANE」なども活用しながら、中西研究室が保有する大量のデータの解析を進め、老化細胞の中で起きていることを遺伝子レベルからAIモデルを応用して解析。老化細胞の特徴・性質・弱点を捉え、すでにマウスで成功している「老化細胞の選択的除去」を人間へ応用できるように研究協力を行っていくという。

  • 高性能GPU「NVIDIA H100」

    高性能GPU「NVIDIA H100」(出所:NVIDIA)

また、人間に関する研究は安全性の確認などを経てからでなければ実験することができないため1つのサンプルをとるにも難しく、データ数が足りていない状況だとし、少ないサンプル量でも高精度にモデリングできる生成AIの技術が研究を推進していく力になるだろうとしていた。

将来は老化を予防できる薬が開発される?

この共同研究の最終的なゴールを聞くと、「老化を予防できる老化治療薬のようなものを開発できたらよいですね」と述べていた。また、「生成AIの進化により、今まで解明されてこなかった分野についても解明されていくかもしれない」と今後のさまざまな研究に対する分野別生成AIの活用に期待を膨らませていた。

さらに、この共同研究について片野氏と横山氏は「非常に面白くチャレンジングな研究だと思います。細胞や遺伝子の研究は発展途上であり先行事例がないことのため、先陣を切って進めていきたいです」と意気込みを語っていた。

  • 老化研究が成功すれば、最大寿命まで健康に生きることができる社会が実現されるかもしれない

    老化研究が成功すれば、最大寿命まで健康に生きることができる社会が実現されるかもしれない

なお、この共同研究は約5年間を一区切りとして進めていく方針で、その後はその時の状況で再度検討していきたいとしている。もし人間の体における老化細胞の選択的除去が可能となれば、老化細胞によって起こるさまざまな体の症状や病気などの改善につながることが期待されるほか、病気そのものが減り最大寿命まで健康に生きることができる社会が実現される日がくるかもしれない。