国立環境研究所(環境研)、気象庁気象研究所(MRI)、東京大学 生産技術研究所(東大 生研)、海洋研究開発機構(JAMSTEC)、東京大学 大気海洋研究所(AORI)の5者は12月7日、積乱雲やそれらが集まった巨大な雲を表現できるモデル「NICAM」を用いて、次世代の水同位体モデル「NICAM-WISO」を開発し、これまでの水同位体モデルの10倍相当に及ぶ水平解像度でシミュレートすることに成功したと共同で発表した。

同成果は、環境研の田上雅浩特別研究員(現・MRI研究官)、同・八代尚主任研究員、東大 生研の芳村圭教授、JAMSTECの小玉知央副主任研究員、AORIの佐藤正樹教授、東大大学院 理学系研究科の高野雄紀大学院生らの共同研究チームによるもの。詳細は、気象や気候などの大気と地球システムに関する全般を扱う「Journal of Geophysical Research - Atmospheres」に掲載された。

洪水や渇水などの自然災害を精度良く予測するためには、水の分布の偏りに加え、水の循環を精確にモニタリングする必要があるという。その詳細な変動をモニタリングする上で役に立つとされるのが、「水の安定同位体」(以下、水同位体)だ。水同位体とは、水素や酸素において中性子の数が多い安定同位体の組み合わせから成る“重い水”のことだ。

この重い水が水全体に占めるその割合(水同位体比)は、大気中のとある水蒸気がその場所に至るまでの気体から液体への変化(相変化)の履歴という、水循環の把握に極めて有用な情報を保持している。 しかし水同位体比の変動は大変複雑で、その変動を紐解くためには水同位体を実装した大気大循環モデル(以下、水同位体モデル)が必要だが、水平解像度が粗いなどの課題を残すなど、これまで同モデルを実現したものはなかったという。そのため、全球を覆い、なおかつ水平解像度が高く、かつ積乱雲やそれらが集まった巨大な雲を表現できる次世代の水同位体モデルの開発が求められていた。

そこで研究チームは今回、全球を高い水平解像度でシミュレートし、積乱雲やそれらが集まった巨大な雲を表現できる全球高解像度大気モデルであるNICAMに着目。同モデルに、水の安定同位体の循環過程(WISO)を実装したNICAM-WISOを開発し、現在気候を対象とした再現シミュレーションを実施したとしている。

NICAM-WISOは、NICAMの水循環の計算部分に水同位体の要素を追加することで開発された。多くの水同位体モデルでは、雲や降水に関連した水同位体の計算部分でモデルパラメータの調整(以下、チューニング)が必要となるが、NICAM-WISOでは、従来のモデルとは異なる雲や降水に関するスキームが用いられているため、そのようなチューニングが不要だという。

今回の研究では、水平解像度をこれまでの世界最高となる14kmと設定した現在気候の再現シミュレーションを、スーパーコンピュータ「富岳」を用いて実施したとのこと。このシミュレーションは富岳の性能があって初めて可能となったものであり、その計算量は2560個の計算ノード(1万240プロセス)を3週間ほど使った量となった。

研究チームはNICAM-WISOの精度評価のため、シミュレーションの値と観測値を比較。その結果、モデルは水の循環の構成要素だけでなく、降水や水蒸気の同位体比についても良くシミュレートできていたという。また、降水の同位体比が熱帯域で高く極域で低いという地理的な分布パターンを示す「緯度効果」、気温が高くなるほど降水の同位体比が高くなる「温度効果」、降水量が多いほど降水同位体比が低くなる「降水量効果」なども良くシミュレートできていたとする。

  • 水平解像度14kmでシミュレートされた降水同位体比の年平均値(シェード)

    水平解像度14kmでシミュレートされた降水同位体比の年平均値(シェード)。プロットは、全球降水同位体ネットワークにより観測された値。年間降水量が少ない地域は白枠でマスクされている(出所:東大 生研Webサイト)

さらにNICAM-WISOは、現在の気候と大きく異なる環境(たとえば、過去や将来の気候)であっても、モデルは水同位体比を十分にシミュレーションできる(現在とは異なる環境の水循環を追跡できる)可能性があることも示唆されたとした。

大気大循環モデルは、もともとシミュレーション誤差(バイアス)を持つが、その原因には複数の要因が関連していると考えられ、絞り込むことは簡単ではないという。しかし今回の研究では、水同位体比の変動を詳細に解析することで、大気大循環モデルが持つ一部のバイアス原因を識別できたとする。モデルバイアスの識別は、NICAMの性能を向上させるためのヒントとなるだけでなく、ほかの大気大循環モデルにも適用することで、適用したモデルの性能向上にもつながることが考えられるとのことだ。

  • 衛星観測およびNICAM-WISOによりシミュレートされた水蒸気の混合比と同位体比との関係

    衛星観測およびNICAM-WISOによりシミュレートされた水蒸気の混合比と同位体比との関係。等値線はデータの確率密度分布を意味する。水蒸気量が減る場合はマゼンタ色の凝結ラインに沿って、水蒸気量が増える場合はシアン色の混合ラインに沿って変化する(出所:東大 生研Webサイト)

今後の展望としては気象予測への応用が考えられ、具体的には、衛星から観測された水蒸気の同位体比を取り込み、それによってシミュレーションの精度を向上させることを目指すという。衛星観測による水蒸気の同位体比データは、高頻度かつ高い水平解像度を持つため、このような観測データをより多く取り込むことが気象予測の精度を向上させるキーポイントとなるといい、この時シミュレーションの空間解像度が高いほど、細かい空間スケールで衛星観測されたデータをより多く取り込むことが可能となる。NICAM-WISOは、数kmスケールの超高解像度で水蒸気の同位体比をシミュレートできるため、100km以上だった従来のスケールに比べて、衛星観測された水蒸気の同位体比をより多く取り込むことが可能となり、これにより環境場の予測精度の向上が期待できるとしている。

  • 高解像度化により、より多くの観測データを利用できることが示されたイメージ

    高解像度化により、より多くの観測データを利用できることが示されたイメージ。モデルは格子で区切られていて、セルの1つ1つがシミュレートされる。衛星が通った経路が黄色で示されていて、その経路内について観測データを得ることが可能。基本的に、モデルは1つのセルごとに1つの観測しか利用できないが(青丸)、右図のように高解像度化することで、より多くの観測データを利用できるようになる(出所:東大 生研Webサイト)