東京大学(東大)と分子科学研究所(分子研)の両者は12月7日、環状分子のねじれの度合いが異なる2種類の異性体を選択的に合成し、弱くねじれた異性体と強くねじれた異性体の「らせん反転」速度を制御することに成功したと共同で発表した。

  • 環状分子のねじれ度合いの違いによるらせん反転運動の速度制御

    環状分子のねじれ度合いの違いによるらせん反転運動の速度制御(出所:東大Webサイト)

同成果は、東大大学院 理学系研究科の中島朋紀大学院生、同・田代省平准教授、同・塩谷光彦教授、分子研の江原正博教授(自然科学研究機構 計算科学研究センター兼任)らの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。

分子機械は、分子の運動を光や酸塩基などの外部刺激によって制御することが可能だが、従来の研究の大半では、並進や回転などの単純な運動の方向や速度の制御に焦点が当てられていたという。それに対し近年は、より複雑な分子の運動を制御する手段として、分子のねじれの反転速度を制御する研究が進められている。しかし、その多くは化学修飾によって構成要素を変化させるものであり、新たな手法の開発が求められていた。

そこで研究チームは今回、錯体形成反応を制御することで2種類のねじれ異性体を選択的に合成し、化学修飾を施すことなく、ねじれ度合いの違いのみで運動速度を制御することを目指したという。なお異性体とは、同じ分子式でありながら異なる構造をもつ化合物のことである。

まず、環状配位子「L」とパラジウム(II)塩「Pd」を室温で反応させることにより、環状ねじれパラジウム三核錯体「1tight」が合成された。結晶構造解析の結果、1tightはLのフェニレンジアミン部分が環状構造の内側に入り込むほど強くねじれていることが明らかにされた。

  • 環状パラジウム三核錯体の強くねじれた異性体1tightの合成スキームと構造

    環状パラジウム三核錯体の強くねじれた異性体1tightの合成スキームと構造。この条件下でLとPdを一段階で反応させると、強くねじれた異性体1tightを選択的に合成することができる。結晶構造図では、簡略化のため、(P)-異性体のみが示されている(出所:東大Webサイト)

次に、反応中間体としてLとPdから二核錯体を得た後、さらに一当量のPdを還流条件下で反応させ、環状パラジウム三核錯体のもう1つの異性体である「1loose」を合成したとのこと。その後同様に結晶構造解析を行い、1looseのLのフェニレンジアミン部分が環状構造の外側に位置していることが確認された。1tightの結晶と1looseの結晶はどちらも、プラス方向とマイナス方向にねじれた(P/M)鏡像異性体(異性体のうち、分子を構成する全原子の立体的な配置が互いに鏡写しの関係にあるもの)で構成されていたとする。

  • 弱くねじれた環状パラジウム三核錯体1looseの合成スキームと構造

    弱くねじれた環状パラジウム三核錯体1looseの合成スキームと構造。二核錯体を介した段階的合成により、弱くねじれた異性体1looseが選択的に生成される。結晶構造図では、簡略化のため、(P)-異性体のみが示されている(出所:東大Webサイト)

最後に、2種類のねじれ異性体のらせん反転速度が評価された。27℃における1looseの反転速度は、NMR測定から「3.31s-1」と導き出された。一方、1tightの反転速度は非常に遅く、3日経っても反転は見られなかったという。両者の構造を比較すると、このらせん反転速度の大きな違いは、2種類のねじれ異性体のねじれ方の違いによるPdIIイオンの配位様式の違いによるものであることが判明。さらに、反転が遅いことを利用して、CDスペクトル測定と量子化学計算から1tightのねじれ方向を決定することにも成功したとのことだ。

  • 2種類のねじれ異性体のらせん反転

    2種類のねじれ異性体のらせん反転。どちらの異性体にも(P)-および(M)-らせん異性体が共存するが、弱くねじれた1looseでは速やかならせん反転が起こるのに対し、強くねじれた1tightでは反転が観察されなかったとした(出所:東大Webサイト)

今回の研究により、環状分子のねじれ度合いが異なる異性体を作り分けることで、らせん反転(らせん性の向きが反転すること)の速度の制御が実現された。分子機械の目標の1つは、マクロな世界の複雑な運動を分子スケールで再現することであり、この結果はこの目標を達成するための有用な方法論を提供するという。また研究チームは、ねじれ度合いの異なる異性体を選択的に合成するこの手法は、金属錯体の設計可能性を大きく広げ、分子機械をはじめとする機能性金属錯体の開発に貢献することが期待されるとしている。