理化学研究所(理研)と東京大学(東大)の両者は12月6日、食餌(食事)制限による寿命延長効果が加齢によって弱まることを、ショウジョウバエ(以下、ハエ)を用いた研究で明らかにしたことを共同で発表した。

  • 完全合成餌を摂食するハエ

    完全合成餌を摂食するハエ(出所:理研Webサイト)

同成果は、理研 生命機能科学研究センター 栄養応答研究チームの小坂元陽奈基礎科学特別研究員、同・小幡史明チームリーダー、東大大学院 薬学系研究科 遺伝学教室の三浦正幸教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。

タンパク質を構成する20種類のアミノ酸のうち「メチオニン」は寿命への影響が大きく、食餌から同アミノ酸だけを制限することで、酵母からラットまで幅広い生物の寿命を延長することが証明されており、ヒトでもその健康増進効果が期待されている。

研究チームの先行研究において、メチオニン代謝を遺伝学的に操作することでハエの寿命が延長することや、老化に伴う腸の恒常性破綻がメチオニン制限によって抑制できることがわかっていた。しかし、なぜその制限で健康寿命が延長されるのかについては、未解明な点が多いという。そこで研究チームは今回、ハエをモデル生物として、老化するまでのある時期に限定した食餌制限、特にメチオニン制限の効果を検証し、その分子機構の解明を目指したという。

今回の研究ではまず、メチオニン量のみを10分の1に制限した合成餌を用いて、研究室内で再現性よく寿命延長が観察できるメチオニン制限条件を決定。この条件では、寿命延長、メチオニン代謝物量の低下、脂質代謝変動と飢餓耐性の向上、生殖能力の低下などが認められ、これまで報告があった食餌制限の効果の多くが再現されることが確認された。

次に同様の条件を用いて、メチオニン制限による寿命延長効果が、ハエのライフステージによって変化するのかが解析された。ハエ雌の寿命が成虫羽化後8~12週であることから、羽化後5~32日の若齢期と、羽化後32日以降の後期に分けて制限を実施した結果、若齢期限定で制限した個体の寿命が延長したのに対し、後期のハエでは延長しなかったという。この現象は異なる野生型系統を用いても同様に見られたといい、若齢期の4週間において制限する方が、羽化後32~58日の中年期に行うよりも強い寿命延長効果が確認された。つまり、若齢期のメチオニン制限が寿命延長に十分に効果があること、逆に中年期以後ではその効果が大きく弱まることが明らかになったのである。

  • 若齢期メチオニン制限による寿命延長

    若齢期メチオニン制限による寿命延長。(左)完全合成餌を用いたメチオニン制限をハエ雌(野生型系統1)に対して行った結果。成虫羽化後5日以降の通期メチオニン制限をした個体の生存率は、通常摂食群に比べて上昇。この上昇は、若齢期に限定したメチオニン制限でも同様に見られたが、後期に行った場合はコントロール食群と変わらない生存率となった。(右)別の野生型系統2雌について、若齢期と中年期それぞれでメチオニン制限を行った場合の個体寿命。野生型系統1と同じ傾向を示しており、若齢期の4週間のみメチオニン制限を行った場合に寿命延長効果が認められた(出所:理研Webサイト)

研究チームは続いて、加齢に伴うメチオニン制限効果の違いをより詳細に解析するため、次世代シーケンサーを用いて、食餌制限による寿命延長に重要な腸で発現する遺伝子の網羅的な発現解析が行われた。24時間だけメチオニンの完全除去餌を摂食させた個体の腸を解析すると、羽化後1週目の若齢個体では800以上の遺伝子で発現変動があったのに対し、羽化後8週目の老齢個体では50以下に減少していたといい、これは加齢に伴って餌中メチオニンに対する腸の応答が低下することを示唆するとしている。

さらに、若齢個体で発現変動のあった遺伝子を詳しく見ると、寿命延長機能の知られる遺伝子の発現が多数誘導されていることが判明。その1つに、メチオニンの酸化型の「メチオニンスルホキシド」の還元を行う抗酸化タンパク質「メチオニンスルホキシド還元酵素A」(MsrA)の遺伝子があったとする(同遺伝子は細菌からヒトまで進化的に保存されている)。

そこで、メチオニン制限と酸化型メチオニンの関係を調査したとのこと。すると、メチオニン除去餌を食べた若齢個体では体内のメチオニンに対する酸化型メチオニンの割合が大きく低下している一方で、老齢個体ではそのような効果が認められなかった。つまり、メチオニン低下によって誘導されたMsrAが、酸化メチオニンを回復させることで健康寿命を促進している可能性が考えられたという。

さらに、この遺伝子機能が完全に破壊された変異体を用いて、その効果を検証したところ、MsrA変異体ハエでは、酸化型メチオニンが増加していた。また同変異体では、若齢期のメチオニン制限による寿命延長も確認されなかったとしている。

  • メチオニン除去餌でのMsrA発現解析と酸化メチオニン量

    メチオニン除去餌でのMsrA発現解析と酸化メチオニン量。(左)実験の概要。通常食とメチオニン除去食のそれぞれが与えられた個体の腸を用いて、遺伝子発現の網羅的な解析と、比較が行われた。(中央)若齢個体では800以上の遺伝子が制限に応答して発現変動するのに対し、老齢個体では50以下だった。両者共通の変動遺伝子は28個あったという。(右)若齢個体では、MsrAの発現量が制限により大幅に増加していた。これにより、体内のメチオニンに対する酸化型メチオニンの相対量が低下するが、老齢個体では起きなくなるとする(出所:理研Webサイト)

メチオニン制限とMsrAの関係を詳細に解析した結果、MsrA遺伝子の誘導は、主に以下の4点などが明らかにされた。

  1. 腸だけでなく全身で起こっている
  2. メチオニン以外のアミノ酸制限には応答しない
  3. 若齢期にメチオニン制限を行った後、通常食に戻しても継続して発現が増加している
  4. 寿命延長転写因子「FoxO」により誘導される

以上の結果から研究チームは、メチオニン制限によって誘導されるMsrAが個体寿命を延長させること、その効果が加齢によって減弱するため、老齢個体では寿命延長効果が消失することが明らかになったと結論付けた。

  • メチオニン制限による寿命延長は加齢依存的

    メチオニン制限による寿命延長は加齢依存的。(上)若齢期に低メチオニン餌を与えられた個体ではMsrA遺伝子の発現が上昇し、体内の酸化型メチオニンが低下。この制限による寿命延長効果は若齢期に限定的であり、しかもその効果は中年期以降に通常餌に戻した場合でも持続する。(下)中年期(後期)以降に制限した個体でも体内メチオニンは低下するが、MsrA遺伝子の誘導やそれによる酸化型メチオニンの低下は見られず、個体寿命は延びないという(出所:理研Webサイト)

今後は、ハエでの発見がヒトを含めた動物一般にどの程度当てはまるのかを解析した上で、メチオニン含有量の少ない食事を取ることで、ヒトの健康寿命延伸が可能であるかを検証することが必要となるという。さらに、メチオニンを代謝する酵素の機能を高めたり、体内でメチオニン制限状態を模倣できるような生理活性物質を探索したりすることなどにより、食事制限をせずとも健康寿命延伸に資する新規方法論の開発が期待されるとしている。