茨城大学、旭川医科大学、大阪大学(阪大)の3者は12月6日、昆虫のアメンボが水面を移動する際の脚力を、直接測定と画像解析によって明らかにしたと共同で発表した。

  • アメンボが水面を移動する際の脚力が、直接測定と画像解析によって明らかにされた

    今回の研究により、アメンボが水面を移動する際の脚力が、直接測定と画像解析によって明らかにされた(出所:茨城大プレスリリースPDF)

同成果は、茨城大大学院 理工学研究科(工学野)の上杉薫助教、旭川医科大 化学の眞山博幸准教授、阪大大学院 工学研究科の森島圭祐教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米科学誌「Science」系のサイボーグと生物に関する全般を扱う学術誌「Cyborg and Bionic Systems」に掲載された。

自然界には表面にnm・μmスケールの微小構造を持つ生物が多数存在する。中でもアメンボは、体表面に直径数μm・長さ数十μmの毛を無数に持ち、毛の隙間に空気の層を作って撥水機能を獲得することで、水面上で長期間生活している。また、強い撥水性を持った脚で水面を叩き、跳ねることで、自由に水面を高速移動することができる。

  • アメンボ中脚表面のSEMイメージ

    アメンボ中脚表面のSEMイメージ。脚の表面は無数の微細毛に覆われている(出所:茨城大プレスリリースPDF)

こうしたアメンボの持つ撥水機能については、近年バイオミメティクス的観点から、その表面微細機能を真似た高い撥水機能を持つ産業・工業製品の提案や、撥水機能を有した水面移動型超小型ロボットの開発などが進められている。そのため、アメンボがどの程度の力で脚を漕いで水面を叩いているのかを知ることは重要な情報になるという。

アメンボが水面を蹴った際、脚と水面の間に発生する水圧が大きすぎると、水が毛の隙間に入り込み、撥水性能が失われてしまう。また、水面を蹴る力が強いと脚の先端が水面を突き破ってしまうため、十分な推進力が得られない。仮に水面を突き破らなかったとしても、水面の持つ粘弾性特性や脚‐水面間での摩擦、波の発生、空気抵抗など、さまざまな要因によるエネルギーロスが発生することから、それらの影響を受けず、純粋かつ正確な脚力の情報が求められているという。

そこで研究チームは今回、アメンボの脚1本の脚力を直接計測するシステムを構築し、より正確な脚力測定を試みたとする。さらに、その計測結果と画像解析による間接測定の結果から、それぞれの測定の差異や特徴が比較された。なお今回の試料としては、日本国内に広く分布し比較的体が大きい「ナミアメンボ」の雌が用いられ、測定に際しては、最も推進に寄与していると考えられる中脚の脚力を測定したとする。

測定にあたっては、生育環境に近い状態でのアメンボの挙動を得るため、アメンボが水を満たした水槽上に自然な姿勢で設置し、力測定センサに接続されたプローブ(探針)が脚のそばの水面付近に設置された。アメンボは水面付近にいる時のみ、自然に水面を叩き移動する行動を示すため、水面付近に設置することで自然な移動挙動における脚力が測定できるという。

  • アメンボ中脚の脚力測定

    アメンボ中脚の脚力測定。(a)直接的脚力測定。(b)間接的脚力測定(画像解析)(出所:茨城大プレスリリースPDF)

  • (a)アメンボ脚力直接測定システム。(b・c)BAP。(d・e)BAPと通常プローブとの撥水機能の比較

    (a)アメンボ脚力直接測定システム。(b・c)BAP。(d・e)BAPと通常プローブとの撥水機能の比較(出所:茨城大プレスリリースPDF)

しかし、アメンボが脚を漕いで水面が波立つと、物体表面と液体が接触した際に形成される液面の屈曲である「メニスカス」の作用によってプローブが水面に接触してしまい、正確な力測定が行えないことが課題だった。そこで今回の研究では、プローブにも高性能な撥水機能を持たせるため、アメンボの一部を切り取ってプローブ(BAP)として流用することで、その課題を解決したとする。

また、画像測定による推定脚力と直接測定した脚力とで差が出るのかを評価するため、秒間1000コマの高速度カメラでアメンボが水面を動く様子を撮影し、画像データから推進時のアメンボの加速度を導出したとのこと。さらにその加速度から、アメンボ脚1本あたりの脚力を導出する画像解析による測定も併せて行われた。

そして計測の結果、中脚の中央部における脚力は約2.17ミリニュートン(mN)で、モーメントの原理からアメンボ脚先端での脚力を計算すると0.96mNだった。一方、画像解析から得られた中脚の脚力は約0.49mNであり、直接測定の値の半分程度だった。これは、水面の持つ粘弾性特性や摩擦・空気抵抗、波の発生など、さまざまなエネルギーロスによって計測から導出される脚力が実際よりも小さな値になっていることが理由と考えられるという。さらに画像解析の際はアメンボが移動していることから、足掛かりとなる水面が相対的に後退しており、これによって脚から水面へのエネルギー伝達効率が落ちていることも考えられるとしている。

  • (a~f)アメンボの直接脚力測定の様子。(g)測定された脚力および脚の角度

    (a~f)アメンボの直接脚力測定の様子。(g)測定された脚力および脚の角度(出所:茨城大プレスリリースPDF)

  • (a~f)アメンボの関節脚力測定の様子。(g)測定された脚力。および脚の角度

    (a~f)アメンボの関節脚力測定の様子。(g)測定された脚力および脚の角度(出所:茨城大プレスリリースPDF)

なお今回は従来研究との比較もあり、1軸での直接力測定(水面に対して水平で、推進方向に対して逆向きの力)が行われたが、今後は2軸力センサを用いることで、別の軸(水面に垂直な方向)の直接測定も行うとする。

さらに研究チームは、これまで提案してきたアメンボ撥水モデルに今回測定した脚力を導入し、より詳しい撥水理論の展開を試みていくうえ、アメンボの脚や微細毛の機械的特性も測定して今回の結果と組み合わせることで、力学モデルの展開も試みるとしている。