国立天文台は12月4日、天の川銀河の中心に位置する超大質量ブラックホール(SMBH)「いて座A*(エースター)」の近傍(約0.3秒角)にある星「S0-6」を、すばる望遠鏡の補償光学装置「AO188」と近赤外線装置「IRCS」を用いて観測した結果、この星が100億歳以上の年齢で、天の川銀河の近くにあって今は吸収された矮小銀河で生まれた可能性が高いことを明らかにしたと発表した。
同成果は、宮城教育大学の西山正吾准教授を中心に、大同大学、和歌山工業高等専門学校、愛知教育大学、東北大学、早稲田大学、国立天文台などの研究者が参加した共同研究チームによるもの。詳細は、日本学士院が刊行する自然科学全分野を扱う欧文学術誌「Proceedings of the Japan Academy, Ser. B, Physical and Biological Sciences」に掲載された。
ブラックホールの姿を直接観測することは不可能なため、その存在を証明するには間接的な方法を用いるしかない。天の川銀河の中心にいて座A*が存在していることが証明されたのも、その周囲を巡る恒星の動きによる成果であり、30年にわたって追跡された星々が、何もないはずなのにそこに太陽質量のおよそ400万倍の超大質量天体が存在しなければ説明できない軌道を取っていたことから、間接的な形で証明されたのである。
しかし、SMBHは強大な重力を有するため、いて座A*の近傍では星の材料となるガスや塵がひとところに集まることができない。つまり星は誕生できないはずなのだが、実際には、いて座A*の強い重力で軌道が大きく変えられるほどの近傍をいくつもの星が巡っている点で、謎が残されていた。そこで研究チームは今回この謎に挑戦するため、いて座A*のすぐ近くにある星の1つであるS0-6を調べたという。
S0-6は暗く沢山の星が混み合った領域にあるため、観測できる望遠鏡は、すばる望遠鏡を含めて世界に数台しかない。しかしすばる望遠鏡の集光力と視力(空間分解能)をもってしても、研究に必要なデータの収集には合計10回の観測が必要で、それだけの観測回数を確保するのに8年間を要したとのことだ。
研究チームはまず、S0-6が本当にいて座A*の近くにある星なのかどうかの確認から行った。我々人類は、地球上および地球近傍の宇宙空間からしか宇宙を観測できないため、一見すると近くに見える2つの天体が、まったく別の角度から見るととても離れているという可能性があることが理由で、今回の研究では2014年から2021年にかけて、S0-6の運動が測定された。その結果、SO-6はいて座A*の強い重力を受けている、つまり2つの天体はお互いにすぐ近くにあることが確認された。
次に、S0-6の年齢が調べられた。年齢を知るためには、S0-6の明るさ、温度、星に含まれる鉄の量などの情報が必要となる。研究チームがこれら観測値を理論的なモデル計算と比較した結果、S0-6は、100億歳以上の老いた星であることがわかったとする。
最後に、星の“生まれ故郷”を調査するため、S0-6に含まれるさまざまな元素の量が調べられた。水素やヘリウム以外の元素は、主に星の内部における核融合、超新星爆発、中性子合体などで合成されており、どの元素がどの時期に、どれくらい作られるのかは、それぞれの銀河によって異なる。そしてS0-6に含まれる元素比から、同星は天の川銀河の近くにある小さな銀河である小マゼラン雲や、いて座矮小銀河に属する星々ととても似ていることが明らかにされた。つまりS0-6の生まれ故郷は、過去に天の川銀河の周囲を回っていた小さな伴銀河である可能性が高いことがわかったのである。
研究チームによると、その小さな伴銀河はすでに天の川銀河に吸収されてしまったと考えられるとのこと。S0-6は天の川銀河の中心にある超大質量ブラックホール近傍まで、100億年以上の長い長い旅を経てきたことが考えられるという。
だがその一方で、S0-6が天の川銀河で生まれた可能性もゼロではないとする。S0-6の特徴は、天の川銀河の中心から6000光年に広がる「バルジ」と呼ばれる膨らんだ中心部の構造にある少し変わった星とも似ているからだ。研究チームはすばる望遠鏡の視力を向上させるための装置を開発中で、2024年には同装置でS0-6の特徴をより詳細に調べ、さらにいて座A*の近くにあるほかの星の起源も調べる予定だとする。
今回の研究チームを率いた宮城教育大の西山准教授は、「S0-6は本当に天の川銀河の外で生まれたのか。仲間はいるのか、それとも一人旅だったのか。さらなる調査で、SMBHの近くにある星の謎を解き明かしたいと思います」と今後の展望を語っている。