東京大学(東大)と国立天文台(NAOJ)の両者は12月4日、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)の観測データを用いて、120億~130億年前の遠方宇宙で超大質量ブラックホール(SMBH)を10個発見し、JWSTでも0.2個しか発見できないとの従来の推測を覆して、遠方宇宙にSMBHが予想以上に多く存在していることが判明したとする記者会見を共同で実施した。

  • 今回発見された、120億~130億年前の10個のSMBHの擬似カラー画像

    今回発見された、120億~130億年前の10個のSMBHの擬似カラー画像。JWSTもしくはハッブル望遠鏡で取得された3波長の観測データを合成することで、画像に色がつけられている。(c)NASA, ESA, CSA, Harikane et al.(出所:プレス用配付資料)

同成果は、東大 宇宙線研究所 宇宙基礎物理学研究部門の播金優一助教、同・大内正己教授(NAOJ 教授兼任)、同・小野宜昭助教、同・磯部優樹大学院生、同・Yi Xu大学院生、同・梅田滉也大学院生、同・Yechi Zhang大学院生/日本学術振興会 特別研究員(現・NAOJ 科学研究部所属)、NAOJ 科学研究部の中島王彦特任助教、同・波多野駿大学院生らの共同研究チームによるもの。会見には、論文主著者である東大 宇宙線研究所の播金助教が出席した。詳細は、米天体物理学専門誌「The Astrophysical Journal」に12月6日(日本時間)に掲載される。

  • 会見を行った東大 宇宙線研究所 宇宙基礎物理学研究部門の播金優一助教

    会見を行った東大 宇宙線研究所 宇宙基礎物理学研究部門の播金優一助教。今回の発見は予想を大幅に覆すものだったので、非常にエキサイティングだったようだ

ブラックホールは、太陽質量のおよそ20倍以上の大質量星が超新星爆発を起こすと、その中心核が重力崩壊を起こして誕生する(20~30倍ぐらいの間であれば、ブラックホールではなく中性子星になる場合もある)。このように恒星級ブラックホールに関しては、その誕生の仕方はわかっているが、同じブラックホールでも、宇宙中の大半の銀河の中心にあると考えられているSMBHになると不明な点が多い。

SMBHは、太陽質量のおよそ100万倍からおよそ100億倍というとてつもない質量を持つことで知られる。我々の天の川銀河の中心に位置する「いて座A*(エースター)」が太陽質量のおよそ400万倍で、史上初のブラックホールの直接撮影(厳密にはその影)が行われたおとめ座銀河団の巨大楕円銀河「M87」の中心に位置するSMBHはおよそ65億倍という具合である。大質量ブラックホールの質量が大きいほど、それが属する親銀河の質量も大きくなるという関係がある。

  • イベント・ホライズン・テレスコープによって撮影された、天の川銀河の中心に位置するSMBHのいて座A*

    イベント・ホライズン・テレスコープによって撮影された、天の川銀河の中心に位置するSMBHのいて座A*の画像。(c)EHT Collaboration(出所:NAOJ Webサイト)

SMBHは、正体不明の「種ブラックホール」が成長して現在に至ったと考えられているが、その種ブラックホールが何なのか、またいつ生まれたのか、そしてどのように成長したのか、どれもわかっていない。恒星級ブラックホール同士が合体し、中質量ブラックホールとなり、中質量ブラックホール同士が合体してさらに大きくなり、といった流れを繰り返して、最終的にSMBHになるという流れだと話は簡単なのだが、それには宇宙の歴史の約138億年では時間が不足していることがわかっている。そのため、大量の水素が集まって恒星を経ずに直接重力崩壊を起こしてSMBHが誕生したとする説なども唱えられているが、そのような重力崩壊はなかなか発生しにくいという見方も多く、今のところは決定打はないとされる。

  • SMBHは謎が多く、種ブラックホールがいつ生まれたのか、どのような種ブラックホールが生まれたのか、どう成長したのかはわかっていない

    SMBHは謎が多く、種ブラックホールがいつ生まれたのか、どのような種ブラックホールが生まれたのか、どう成長したのかはわかっていない(出所:会見プレゼン資料)

SMBHの誕生や成長を調べるには、過去の宇宙、つまり遠方宇宙に存在するそれらを観測することが重要となる。しかし、ブラックホールは事象の地平面を越えてしまうと光すら逃れられないため、それ自体を直接観測することは不可能で、まして遠方ともなると大型望遠鏡でも観測は容易ではない。そこでこれまでの探査では、SMBHが周囲の物質を飲み込む過程で非常に明るく輝く「クェーサー」を探す方法が一般的に採用されてきた。

クェーサーとは「活動銀河核」の一種だ。銀河中心のSMBHが激しく周囲の物質を飲み込んでいる銀河が文字通り活動銀河であり、その強く明るく輝いている中心部分が活動銀河核と呼ばれる。クェーサーはその中でもひときわ強く輝いているもののことを指し、その所属する親銀河全体の星の合計の明るさをも上回っているほどである。

  • クェーサーのイメージ

    クェーサーのイメージ。SMBH(の周囲)からの光が非常に明るく、属する親銀河のすべての星の合計の明るさを上回るほどで、ほぼ点に見えることから観測しやすい天体である。(c)NASA, ESA and J. Olmsted (STScI)(出所:会見プレゼン資料より抜粋)

地上の望遠鏡を使った探査により、これまで120億~130億年前(宇宙誕生からおよそ10億~20億年)の遠方宇宙でたくさんのクェーサーが発見されてきた。たとえば、すばる望遠鏡が行った満月3000個分(650平方度)にも及ぶ超広域探査では、130億年前の遠方宇宙に83個のクェーサーが発見されている。しかし83個という数は、満月3000個分という面積に対する割合としては少ないという。同じ時代に存在する銀河の数と比べると、クェーサーの数は1000分の1以下であることから、遠方宇宙ではどちらかというと珍しい天体というのが天文学者の認識だった。つまり、これまでは遠方宇宙においてSMBHは少なく、これから成長していくと考えられていたのである。

  • すばる望遠鏡が130億年前の宇宙に発見したクェーサーの1つ

    すばる望遠鏡が130億年前の宇宙に発見したクェーサーの1つ(矢印の先の赤い点)。(出所:会見プレゼン資料より抜粋)

  • すばる望遠鏡を用いた超広域探査では、83個のクェーサーが発見されたが、この時代の銀河の数に対して1000分の1以下だった

    すばる望遠鏡を用いた満月3000個分に及ぶ650平方度の超広域探査が行われ、83個のクェーサーが発見されたが、この時代の銀河の数に対して1000分の1以下だった。こうした観測結果などから、この時代でクェーサーは非常に珍しい天体とこれまでは考えられており、JWSTではほぼ見つけられない(0.2個)と予想されていた(出所:会見プレゼン資料)

ところが今回のJWSTの観測データにより、その常識が覆されることとなった。従来の説では、JWSTは非常に優れた観測性能を有するが、その分観測できる領域は地上の大型望遠鏡に比べ圧倒的に狭く、満月0.2個分(0.02平方度)しかないため、発見できるSMBHの数はわずか0.2個と見積もられていたという。

しかし今回の研究では、JWSTの近赤外分光器「NIRSpec」で得られた遠方銀河の観測データを用いて、120億~130億年前の宇宙においておおぐま座・ちょうこくしつ座の方向で185の銀河が調査されたが、そのうちの10個から活動的なSMBHの存在を示す証拠(特徴的な幅広い水素の輝線)が発見されたのである。つまり、予想よりもSMBHの数は50倍も多かったのだ。この常識を覆す発見に対し、会見を行った播金助教も「興奮のあまりわずか2か月弱で論文を一気に書き上げました」と述べている。

  • JWSTと他の望遠鏡との観測感度の比較

    JWSTと他の望遠鏡との観測感度の比較。赤外波超における感度が10~1000倍以上に向上した。なお、現在開発中の望遠鏡であっても、赤外線域でこの感度を実現する予定のものはないという(出所:会見プレゼン資料)

これら10個のSMBHまでの距離は、赤方偏移と宇宙論パラメータを用いて算出された。10個の赤方偏移はz=4.015~6.936で、それに対して2015年に公表された宇宙論パラメータを用いて計算を行うと122.7億~130.4億光年という結果を得られたといい、およそ120億~130億年前に存在していたことがわかるのである。

なお、太陽系から10個のSMBHまでの現在の距離は、宇宙膨張があるため130億光年以上になる。一般的に遠方宇宙までの距離については遡る年数と等しく表されるが、それは理解しやすくするためであり、実際には宇宙膨張があるために異なる。たとえば、観測限界(ここから先は宇宙膨張で天体の後退速度が光の速度を超えてしまう)である“宇宙の地平線”までの距離は138億光年ではなく、現在はおよそ470億光年まで膨張していると見積もられている。

また、今回の10個がなぜSMBHであると断定できたのかについては、銀河からの光では説明ができない幅広い特徴的な輝線が示されているからとのことで、SMBHの周囲の広輝線領域から放出されていると考えられるとする。

  • 活動的なSMBHから検出された非常に幅の広い水素の輝線の一例

    JWSTの感度が非常に高いことから、活動的なSMBHから検出された非常に幅の広い水素の輝線の一例。このような広領域輝線は銀河からの光ではないため、SMBHである証拠だという(出所:プレス用配付資料)

  • 今回120億~130億年前の宇宙に発見された10個のSMBHそれぞれの水素の広領域輝線

    今回120億~130億年前の宇宙に発見された10個のSMBHそれぞれの水素の広領域輝線。(c)Harikane et al. 2023(出所:プレス用配付資料)

上述したように、SMBHは何が種となっていつ誕生し、どのように成長してきたのかよくわかっていない。そのため、なぜこれほど多くの活動的なSMBHが120億~130億年前という段階ですでに存在しているのか、その理由も現時点では不明だ。ただし研究チームは今回の発見について、宇宙初期におけるSMBHの形成を理解する手がかりになるとしている。

ちなみに今回発見されたSMBHの画像を見てみると、大半の天体で、SMBHからと思われる小さくコンパクトな光に加え、その所属する親銀河から広がった光も捉えられていることがわかる。その色は実にさまざまで、黄色いもの、青白いもの、ピンクのもの、赤い小さな点(天文学者の間では「Little Red Dots」と呼ばれ、塵に覆われていると考えられている)など、それぞれ異なる。このようにさまざまな色や形の銀河であることから、活動的なSMBHがさまざまな種類の遠方銀河に普遍的に存在する可能性が示されているとしている。

なお、これら10個のSMBHの画像は、JWSTの画像に加えハッブル宇宙望遠鏡のものも利用し、異なる波長の画像データを合成して擬似的にカラーが着色されたものであるため、肉眼で実際にそれらの天体を見た場合とは異なるという(光がSMBHや親銀河から放たれた時は可視光であっても、宇宙膨張により引き伸ばされて赤外領域でしか観測できないので色がないため、3種類の異なる波長に赤・青・緑などを割り振る処置が行われることが多い)。

さらに、スペクトル情報を用いてこれらのSMBHの質量を求めたところ、太陽質量の100万倍から1億倍だったとのこと。クェーサーとなっているようなSMBHと比べると100倍ほど軽く、より形成初期(種ブラックホール)に近い天体であることが判明した。その一方で、現在の宇宙に存在する同じような銀河が持つ大質量ブラックホールと比べると、質量は10倍から100倍ほど大きく、遠方宇宙でSMBHが急成長している様子が見えている可能性があるとする。また、SMBHと親銀河の成長については、まず前者が成長し、その後に後者の質量が増大する可能性が考えられるとしている。

  • 120億~130億年前のSMBHは、クェーサーのものよりも100倍ほど軽かった。しかし、所属銀河のサイズで見ると、現在の同等の規模の銀河にあるSMBHよりも10倍は重いことがわかった

    120億~130億年前のSMBHは、クェーサーのものよりも100倍ほど軽かった。しかし、所属銀河のサイズで見ると、現在の同等の規模の銀河にあるSMBHよりも10倍は重いことがわかった。グラフの右下の「現在の宇宙」の斜線よりも右側が現在の銀河の質量の領域なので、先にSMBHが成長し、それを追いかける形で銀河の質量が増えていく可能性があるという(出所:会見プレゼン資料)

今回発見された10個のSMBHのように、広輝線領域からの幅広い輝線が見られる活動銀河核は、「1型」の活動銀河核と呼ばれている。宇宙には広輝線領域が隠されて我々から見えないため、幅広い輝線を示さない「2型」の活動銀河核の方が多いという。このことから研究チームは、120億~130億年前の宇宙において2型が10個以上見つかるかも知れず、従来説の50倍どころか100倍以上になる可能性もあるとする。

そして今後の展望として、播金助教は、130億年よりも昔のさらに初期の宇宙におけるSMBHの状況を調べてみたいという。ただし130億年以上昔を観測するには、同じJWSTの観測装置でも近赤外分光器NIRSpecではなく、感度が1~2桁落ちる中間赤外装置「MIRI」を使う必要があるため、観測は困難となるが、それでも挑戦してみたいとしたうえで、上述した2型活動銀河核の観測も考えていると話している。

  • 今回発見されたSMBHと、過去のクェーサーの観測から予想されていた個数

    今回の結論。今回発見されたSMBHの個数(赤色)と、過去のクェーサーの観測から予想されていた個数(黒色)。SMBHは遠方宇宙では少ないとする従来説を覆し、予想の50倍も多いことがわかった。さらにさまざまな遠方銀河に普遍的に存在する可能性があることや、今回発見されたSMBHが急成長している可能性があることなどもわかった。(c)Harikane et al.(出所:プレス用配付資料)