京都大学(京大)、九州大学(九大)、広島大学、東北大学、北海道大学(北大)、東京大学(東大)、大阪公立大学(大阪公大)、海洋研究開発機構(JAMSTEC)の8者は12月1日、探査機「はやぶさ2」が持ち帰った、地球近傍の軌道を公転する小惑星「リュウグウ」の砂を調べた結果、砂のごく表面が窒化鉄(Fe4N)に覆われていることを発見したと共同で発表した。

同成果は、京大 白眉センターの松本徹特定助教、京大 理学研究科の野口高明教授、同・三宅亮准教授、同・伊神洋平助教、京大 化学研究所の治田充貴准教授らを中心に80名弱の研究者が参加した国際共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の天文学術誌「Nature Astronomy」に掲載された。

アンモニア(NH3)をはじめとする窒素化合物は、生命の材料物質や太陽系形成期の物質の化学進化を促す重要な物質であると考えられてきた。近年の小惑星探査や地上からの観測によって、太陽から遠く離れた低温領域に軌道を持つ彗星や氷天体には、アンモニウム塩のような固体の窒素化合物が大量に存在することがわかってきている。一方で、生命の材料にもなるこれら窒素化合物が地球の軌道近くに運ばれた痕跡は、はっきりとはわかっていないのが現状だ。

リュウグウの表面は長らく宇宙空間に曝されてきたため、微小隕石の衝突や太陽風の照射を経験し続けていて、これらの現象が引き起こす変化は「宇宙風化」と呼ばれている。今回の研究では、リュウグウ試料における宇宙風化の証拠を調べることで、現在のリュウグウが位置している、おおよそ地球~火星間の軌道(0.96~1.42天文単位)へ飛来する物質についての手がかりを得ることを目指したという。

研究チームはリュウグウの砂の表面を調べるため、走査型電子顕微鏡を使って、はやぶさ2が持ち帰った試料表面の微細構造の観察を行った。リュウグウには、水と鉱物との反応によって成長した磁鉄鉱(Fe3O4)や硫化鉄(Fe-Ni-S鉱物)などの鉄化合物が含まれている。そして観察の結果、宇宙空間にさらされた磁鉄鉱の表面は、とても多孔質であることが判明した。

次に、透過型電子顕微鏡を用いて磁鉄鉱表面の断面の観察が行われた。すると、表面から数十nmの深さで多孔質な層が広がり、そこでは、以下の2点が明らかにされた。

  1. 磁鉄鉱の理想的な化学組成に比べて鉄が多く、酸素が少なくなっていること
  2. 磁鉄鉱には含まれない窒素や硫黄が濃集していること
  • (A)リュウグウ試料に含まれる磁鉄鉱粒子。(B)丸い磁鉄鉱の断面画像

    (A)リュウグウ試料に含まれる磁鉄鉱粒子。天体中に存在した水の中で成長したため、丸い形をしている。磁鉄鉱の表面はとても多孔質であり、この特徴は宇宙空間にさらされた表面にだけ見られるという。(B)丸い磁鉄鉱の断面画像。元素の分布が色付けされている。表面に鉄と窒素に富む層が見られる(緑色の領域)。窒化鉄は、ごく表面の数十nmの厚みを覆っている(出所:共同プレスリリースPDF)

さらに電子線回折手法によって、この層には金属鉄と窒化鉄が分布していることも確かめられた。

研究チームによると、小天体の表面において窒素の鉱物が成長する現象は、これまでまったく知られていなかったという。そこで、窒化鉄が成長する仕組みを説明するため、リュウグウの砂のごく表面が経験した特殊な環境についての考察が行われた。磁鉄鉱の表面では、まず水素イオンで主に構成される太陽風が磁鉄鉱の表面に打ち込まれることなどによって、磁鉄鉱が還元されて金属鉄が生成すると考えられるとのこと。そして、金属鉄が窒素化合物と化学反応することで窒化鉄が生成されたと推定されている。

この窒素化合物として、研究チームでは反応性の高いアンモニアを想定したという。太陽系遠方の低温領域で形成されたと考えられる彗星や準惑星セレスなどの氷小天体には、アンモニアの氷や塩が豊富に含まれていることがわかっている。これらの天体から放出された塵が太陽方向に向かって移動し、地球付近に軌道を持つリュウグウに衝突することが十分に考えられるといい、衝突によって塵が気化するとアンモニアに富む蒸気が発生し、表面に暴露された金属鉄と反応することで、窒化鉄が形成したと推定された。

一方で、リュウグウは彗星と起源のつながりが指摘されていることから、リュウグウにもしアンモニアに富む岩相があれば、その岩相への衝突現象と岩の蒸発によってアンモニアに富む蒸気が生まれ、窒化鉄が形成された可能性もあり、今後のリュウグウの砂の分析が期待されるとしている。

今回の研究により、リュウグウが現在位置する地球近傍軌道の領域に、アンモニアなどの窒素化合物が輸送される可能性が示され、これまで気づかれていた以上に多くの量の窒素化合物が太陽系の地球付近に輸送されて、生命の材料となりえたことが示唆されている。

また今回の成果は、彗星から地球に飛来する塵(宇宙塵)の成分や、月面に輸送される窒素の化合物、初期地球に輸送された生命の材料としての窒素の起源についての研究を刺激することが期待されるとのこと。一方で、窒化鉄に含まれる窒素の起源、つまり、どのような天体から飛来したのかという点は完全に理解できておらず、今後の研究で窒素同位体分析などを組み合わせた分析から、小惑星表面の窒素化合物の正体がより明らかになることが期待されるとしている。