東京大学(東大)は12月1日、後期ジュラ紀(約1億6350万年前~約1億4500万年前)から白亜紀(約1億4500万年前~約6600万年前)までの12種の「鳥脚類」と呼ばれる草食恐竜のグループについて、歯に残された微細な傷(マイクロウェア)を三次元的に解析することで、後期白亜紀の鳥脚類恐竜が、それ以前の鳥脚類恐竜に比べてマイクロウェアの深さが平均的に深く、そのばらつきも大きいことを明らかにしたうえで、その事実は鳥脚類恐竜が被子植物をより多く食べるようになったことを示唆していると発表した。
同成果は、東大大学院 新領域創成科学研究科の久保麦野講師、同・久保泰客員連携研究員(沖縄科学技術大学院大学 スタッフサイエンティスト)、英・リンカーン大学の坂本学上級講師らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、古生物学協会が刊行する古生物に関する全般を扱う学術誌「Palaeontology」に掲載された。
現在の植物種の約9割を占める被子植物(花をつける植物)は、前期白亜紀(約1億4500万年前~約1億50万年前)に現れ、白亜紀末には植物種の5割以上を占めるようになったとされる。被子植物の多様化は、動物を含めた陸上生態系全体の多様化を促した中、当時唯一の大型草食動物だった恐竜が被子植物の多様化にどのように応答したかは不明だったとする。
白亜紀に繁栄した草食恐竜の中には、歯の数が増えたり歯列が巨大化したりするといった、磨耗への適応と考えられる進化を遂げたものもいて、このことは何らかの食性変化があったことを示唆しているという。被子植物は一般的に、裸子植物などよりも「プラントオパール」(植物の葉や茎などの細胞に珪酸が集積してガラス質になったもの)を多く含むため、それらの草食恐竜は被子植物を食べる適応を遂げ、それに対抗して被子植物もプラントオパールを増やしていった、という共進化仮説が植物学者によって提唱されているという。しかし、恐竜が被子植物を食べていたかどうかを化石から直接調べる手法がなく、検証が困難だったとのことだ。
研究チームはこれまでの研究で、食性の異なるニホンジカなどのさまざまな野生草食動物を調べた際に、食物中に含まれるプラントオパールの量が増えるほど、マイクロウェアが深くなることを発見している。また近年では海外の研究チームからも、多様な大型有蹄類の給餌実験により、植物中のプラントオパールがマイクロウェアの主形成要因であるという研究結果が報告されていたとする。そこで今回の研究では、まだ被子植物が多くなかった後期ジュラ紀および前期白亜紀の鳥脚類恐竜と、被子植物の割合が増えた後期白亜紀の鳥脚類恐竜のマイクロウェアの比較を行ったという。
後期ジュラ紀や前期白亜紀の試料としては、コロナ禍前にドイツや中国の博物館で歯型が収集された。ただしその後のコロナ禍で海外渡航が不可能になったため、後期白亜紀の恐竜の歯型は、福井県立恐竜博物館、国立科学博物館、岡山理科大学の展示場や収蔵庫の実物標本から採取を行ったとのこと。日本では恐竜の人気が高く、各地の施設に実物標本が展示されていることから、今回の研究はそのような日本の博物館環境が可能にしたともいえるとしている。
そして収集された歯型を共焦点レーザー顕微鏡でスキャンし、歯の表面のマイクロウェアの三次元解析を実施。その結果、後期白亜紀の種はそれより前の時代の種よりも平均的にマイクロウェアが深いことが判明。一方で、後期白亜紀の「グリポサウルス」はマイクロウェアが浅く、後期白亜紀の種のマイクロウェアの形状は多様性も高いことが解明された。
今回の研究結果は、被子植物の放散に応じて、鳥脚類恐竜が被子植物の摂食量を増やしていったことを示唆しているという。ただしグリポサウルスの例や、後期白亜紀の草食恐竜の糞化石には多様な植物の花粉が含まれることなどを考慮すると、鳥脚類恐竜は好んで被子植物を食べたというよりは、植物を選択せずに食べていた可能性が高いことが考えられるとする。
草食恐竜には、歯や顎の形態が白亜紀に大きく変化した鳥脚類や角竜類と、大きな変化がなかった竜脚類や鎧竜類など、さまざまな分類群がある。マイクロウェアの三次元解析をさまざまな草食恐竜に広げていくことで、異なる分類群で被子植物の摂食量に違いがあったのか、形態から予想される食性とマイクロウェア解析の結果が一致するのかを明らかにできることが期待されるという。
また今後は、分析数を増やすことで白亜紀の中でもより広範囲な時期をカバーし、時間軸にそって草食恐竜の被子植物の摂食量はどのように変化してきたのかを明らかにできることが期待されるとしている。