東北大学、山形大学、名古屋市立大学(名市大)の3者は11月29日、スマートフォンカメラの画像に対してAIを用いて身体各部位の位置を推定することにより、モーションキャプチャを行えるiPhoneアプリ「TDPT-GT」を開発(現時点では未公開)したことを発表。
同アプリを用いて「特発性正常圧水頭症」(iNPH)とパーキンソン病(PD)の両患者の歩行のゆらぎ方を解析した結果、iNPH患者の方が、PD患者よりもゆらぎ指数が正常から離れている傾向があったことを併せて報告した。
同成果は、東北大 医学系研究科 高次機能障害学分野の伊関千書講師、山形大大学院 医学系研究科 内科学第三講座の太田康之教授、名市大大学院 医学研究科 脳神経外科学の山田茂樹講師らの共同研究チームによるもの。詳細は、センサの科学と技術に関する全般を扱う学術誌「Sensors」に掲載された。
生物には、呼吸や鼓動など繰り返しの動作を続ける仕組みが存在し、健康な場合は、機械のようにまったく同じリズム・周期ではなく、このリズムが少しずつ変動すること(ここでは“ゆらぎ”と表現)が知られている。歩行も主に手足の動きを繰り返しているが、その際にゆらぎがあることが確認されており、これまで、PD患者などでは歩幅のゆらぎなどが正常時から変化していることが報告されていた。
モーションキャプチャは、人などの3次元動作をデジタルデータとして取得できる技術として知られている。同技術は本来、複数台のカメラを広い場所に設置する特別な装置と実験室などが必要だった。それに対して研究チームは今回、AIを用いることで、スマートフォンカメラで録画するだけで身体各部位の位置を推定できるようにし、モーションキャプチャと同等の機能を実現できるスマートフォン用アプリの開発を目指したという。
そして、iPhone用アプリとしてTDPT-GTの開発に成功。同アプリを用いれば、病院の診察室のスペースでも、数分の歩行を録画することで患者の全身のモーションキャプチャデータを取得することが可能だ。今回の研究ではこのTDPT-GTを用いて、iNPHとPDの患者それぞれの歩行のゆらぎを解析したとする。
研究チームによると、iNPHの患者23名、PD患者23名、神経変性疾患のないボランティア92名に、直径1mの円を描くようにして歩いてもらい、その様子をTDPT-GTで録画したとのこと。同アプリでは、全身27点の3次元相対座標モーションキャプチャデータが1秒間に30コマ得られるため、身体各部位それぞれの128コマ分のデータが得られる。そして撮影後はそれらデータの解析が行われ、ゆらぎ指数が算出された。
その結果、ボランティアと両疾患の患者では、身体の全部位でゆらぎ指数の差があったという。そしてPD患者に比べてiNPH患者の方が、ゆらぎ指数が正常から離れている傾向があったと結論付けた。なお、ゆらぎが正常のパターンから外れていた傾向は、足腰だけではなく体幹や手の動きでも認められたとする。
両疾患の患者では、歩行が遅くなる、歩幅が狭くなる、足をひきずるように歩く、ふらつく、転びやすくなる、といった歩行障害があることが知られている。研究チームは、ゆらぎが正常でないということが歩行中にどういった意味を持つかは、完全に解明するのは現時点では難しいとしたものの、たとえば歩行中に少し不安定に感じたり、少しの契機で転びやすくなったりする可能性が考えられるとのこと。また、歩行といえば足腰の動きに注目しがちになる中で、両疾患の患者では体幹や手の動きも歩行時にゆらぎパターンが正常ではなかったことから、全身の動きのリズムを保つ仕組みが障害を受けていることも推測されるとする。
さらに研究チームは、今回の研究で使ったようなゆらぎは、今後、それを計測・解析できるようなアプリがスマートフォンに搭載されるなどすれば、歩行異常の新しい指標として利用できるかもしれないとしており、病気の治療やリハビリテーションの前後で、これを指標とすることもできるかもしれないとした。
またそれらに加え、今回のように診察室でモーションキャプチャができることで、歩行の診察中で医師が目で見て判断するだけでなく、定量的な測定もできるようになるうえ、診察室だけではなく、介護現場や住民参加の健康教室などでも歩行を手軽に測定することも期待できるとしている。