東京大学(東大)、日本原子力研究開発機構(JAEA)、J-PARCセンター、高エネルギー加速器研究機構(KEK)、科学技術振興機構(JST)の5者は11月27日、弾性率が約70MPa、破壊エネルギーが約100MJ/m3程度と、従来は両立させることが困難だった硬さ(材料の変形しにくさ)と強靱性を世界最高水準で両立させた電池用「ゲル電解質」を開発したことを発表した。
同成果は、東大 物性研究所(東大 物性研)の橋本慧特任助教(研究当時)、同・眞弓皓一准教授、同・大学大学院 新領域創成科学研究科の伊藤耕三教授らの研究チームによるもの。詳細は、米国科学振興協会が刊行する「Science」系のオープンアクセスジャーナル「Science Advances」に掲載された。
ゲル電解質は、長いひも状の高分子鎖同士を連結させたネットワーク(網目)構造に、不揮発性で安全性が高く、かつ高いイオン伝導性を持った塩であるイオン伝導性の液体を閉じ込めたもののことで、高分子由来の柔らかさと安全性から、肌や服に貼り付け可能な次世代の「曲げられる」フレキシブル電池の電解質材料として期待されている。このような材料は、充放電に伴う金属結晶の成長が引き起こす電池の短絡を防ぐため、高い弾性率を持つ必要があるとされており、これまでの研究から10MPa以上の弾性率を持った電解質では、リチウムの金属結晶の形成を抑制する効果があることが報告されていた。
また、繰り返しの曲げによる亀裂の進展を防がなければならず、高い破壊エネルギーを示す材料である必要もあるとする。これまでの材料では、硬さを担保するのに高分子の結晶化が利用されていたが、硬いゲル電解質は脆くなりやすく、硬さと丈夫さの両立は難しいとされてきたという。実際、2010年ごろから多種多様な高強度ゲル電解質が開発されてきたが、高い弾性率と破壊エネルギーを両立できたものは少なく、特に金属結晶の成長を防ぐことが可能な10MPa以上の弾性率を有するゲル電解質においては、破壊エネルギーが高いものは開発できていなかったという。
フレキシブルデバイスの外装として用いられる「ポリジメチルシロキサンゴム」の破壊エネルギーは1MJ/m3ほどで、その変形による破壊を防ぐには、それよりも十分大きな破壊エネルギー(10MJ/m3)を示すことが望ましいとされていることから、研究チームは今回、高分子の「伸長誘起結晶化」と、「相分離現象」を組み合わせることで、10MPaを超える高い弾性率と100MJ/m3程度の高い強靭性を両立したゲル電解質の開発を試みることにしたという。
伸長誘起結晶化とは、曲げなどの変形で高分子が引き伸ばされると内部の高分子鎖が伸び切り、互いに集まることで結晶化することで、材料の力学強度が向上することが知られている。今回の研究では、この原理がゲル電解質に適用され、伸長誘起結晶化を起こす環動ゲル電解質が開発された。
伸長誘起結晶化には、電解質内部の高分子鎖を均一に変形させることが重要になるが、そのために高分子鎖を環状分子によって連結した環動網目が用いられ、その構造を適切に制御することで、電解質中においても高分子鎖の変形を均一化できることを見出し、伸長誘起結晶化による強靭化(破壊エネルギー:約100MJ/m3)を実現したとする。
また、溶媒であるリチウム塩に対し、環状の架橋点である「シクロデキストリン」の相溶性が低く、ゲル電解質中でシクロデキストリンが硬い連続相を形成していることが確認されており、このナノスケールでの「ミクロ相分離」構造も、今回のゲル電解質の硬さの向上につながっているとも説明している。
さらに実際の実験から、開発されたゲル電解質が、曲げても元の形状に戻る柔軟性を有しつつ、亀裂に対して高い抵抗性を示すことを確認したほか、70MPaという高い弾性率を有していることも確認されたという。
なお、今回の研究ではリチウム塩が利用されたことから、イオン伝導率は10-5~10-6S/cmという値が示されたとのことで、これは同じ溶媒を用いたほかの電解質の報告と同等の値だという。しかしリチウム塩だけに限らず、溶媒として振る舞っている塩の種類を変更しても自己補強効果は有効であることが考えられると研究チームでは指摘しており、今後はよりイオン伝導性の高い溶媒を利用することで、センサやキャパシタなど、ほかのフレキシブル電気化学デバイスに適した電解質の開発にもつながる可能性があるとしている。