東芝は、コバルトフリーな5V級高電位正極を用いた新たなリチウムイオン二次電池を開発したことを11月28日に発表した。

電極の構成部材を改良することで、従来型の電解液を使用しながら副反応として生じるガスを大幅に抑制することができたという。また、この技術を用いたラミネート型リチウムイオン電池を試作し、3V以上の高電圧や急速充電性能、高い寿命特性を実証したともしている。

「5V級高電位正極と、東芝独自のニオブチタン酸化物負極の組み合わせにより、これまでにない新たな電池を開発、実証できた」(東芝 研究開発センター ナノ材料・フロンティア研究所 シニアフェローの原田康宏氏)とする。

  • 東芝 研究開発センター ナノ材料・フロンティア研究所 シニアフェローの原田康宏氏

    東芝 研究開発センター ナノ材料・フロンティア研究所 シニアフェローの原田康宏氏

今回の技術により、コスト削減やレアメタルの資源保全、カーボンニュートラルに貢献できるほか、電池の高電圧化とパワー性能の向上にも貢献。小型で高電圧が必要な産業用途だけでなく、将来は電気自動車などの大型用途にも応用できるとしている。

リチウムイオン電池は、レアメタルであるコバルトが正極材料に多く含まれており、生産国の偏りなどにより、サプライチェーンの不安定化やコスト上昇といった課題を生んでいる。コバルトフリーとすることで、こうした課題に対応できるという。また、今回の技術では、材料価格が高騰しているニッケルの含有量も少ないため、この点でもコストメリットが生まれるという。

「コバルトは、リチウムイオン電池用正極材料の構成要素として広く用いられているが、近年の需要増に伴い供給量の懸念やコスト変動、資源産出国の偏在のほか、採掘や精錬の際の土壌および水質の汚染、生物多様性の低下などの環境問題を引き起こすことが指摘されている。これらの課題解決の観点から、コバルトフリーな正極材料に着目し、開発を進めてきた」とする。

代表的な正極材料として、コバルト酸リチウム(LCO=Lithium Cobalt Oxide)、三元系(NCM=Nickel Cobalt Manganese)、リン酸鉄リチウム(LFP=Lithium Iron Phosphate)があり、今回開発した5V級高電位正極は、LNMO(Lithium Nickel Manganese Oxid)と呼ばれる。

「5V級高電位正極は、コバルトを含まず、対リチウム電極電位は4.7Vと、従来の正極材料よりも高い特徴がある。リチウムイオン電池の電圧は、正極と負極の電位差で決まるため、正極電位が高いと、電池の高電圧化とパワー性能向上が期待できる」と説明した。

一方、5V級高電位正極は、電解液の分解によってガスが発生することが実用上の課題となっている。今回開発したリチウムイオン二次電池では、電極の構成部材を改良することで、従来型の電解液を使用しながらも、副反応を大幅に低減したことも大きな特徴になっている。

「5V級高電位正極は、電極電位が高いため、電解液を分解してしまいガスが発生すること、安定している電位範囲を超えると、分解や副反応が起きやすくなること、材料そのものの安定性にも課題があり、正極からの金属イオンの溶出や、電解液との副反応が生じていた」という。

これを解決するために、電解液の高濃度化やフッ素化溶媒、イオン液体の適用など、電解液の酸化耐性を向上する試みが行われてきた経緯がある。だが、電解液の安定性を向上させようとすると、電気抵抗があがり、パワー性能が低下するといった問題が発生し、解決には至らなかった。

  • 5V級高電位正極の課題
  • 開発された技術のポイント
  • 5V級高電位正極の課題と今回開発された技術のポイント (資料提供:東芝)

東芝が開発した新たな技術は、正極の粒子表面を改質し、材料に含まれる金属の溶出をできるだけ抑制する技術と、負極表面において溶出イオンを無害化する技術で構成。課題となっていたガス発生を、従来の電解液を使っても、大幅に抑制できたという。

「5V級高電位正極によって電解液を分解するメカニズムを解析。正極粒子の表面で、電解液が分解され、ガスが発生することに加え、正極から溶け出した金属が負極に作用し、ガスの発生をさらに促進していたことを突き止めた。これを妨害する仕組みとすることで、電解液をもとに発生する二酸化炭素、一酸化炭素などのガス発生を抑制した。材料には金属溶出しにくい結晶構造を持ったものを採用しており、電極表面をバインダー添加剤で覆うことで金属溶出を最小化している」という工夫によって実現した。

独自負極と組み合わせた試作品での性能評価も実施

東芝では、今回開発した正極技術と、東芝が独自に開発を進めているニオブチタン酸化物(NTO=Niobium Titanium Oxide)負極を組み合わせて、ラミネート型リチウムイオン電池を試作し、3V以上の高電圧、5分間で80%の急速充電性能、60℃の高温下でも優れた寿命特性を実証したことも発表した。

  • 試作されたラミネート型リチウムイオン二次電池

    試作されたラミネート型リチウムイオン二次電池 (提供:東芝)

酸化物系負極は、炭素系材料に比べて、充放電中の体積変化が少なく長寿命化が図れること、負極の金属リチウム析出を抑制でき、高い安全性を実現できることが特徴だという。

「炭素系材料はリチウムが入ると体積が5~15%大きくなり、放電すると小さくなる。こうした動きが電池の劣化につながっている。酸化物系負極は、充放電を繰り返しても体積変化が少ないため、寿命を伸ばすことができる。また、リチウムイオン電池で使用されているグラファイトは、急速充電したり、低い温度で充電したりすると劣化が激しく、グラファイト表面に、イオンの状態で留まっていなくてはならないリチウムが、金属として出てきてしまう『リチウムデンドライト』が発生し、プラス極とマイナス極の間を貫通し、ショートする場合もある。これにより、急速な電池の劣化だけでなく、発火や破裂が起こる危険性もある。酸化物系負極では、金属リチウムの電位よりも高いところにあるため、どんなに過酷に使用してもリチウムイオンがイオンのまま留まることができる。急速充電の繰り返し利用でも、電池の結果や安全性を担保できる」とした。

  • 開発された5V級高電位正極とニオブチタン酸化物負極を組み合わせた電池セルのイメージ

    開発された5V級高電位正極とニオブチタン酸化物負極を組み合わせた電池セルのイメージ (資料提供:東芝)

課題となっているのは、負極の電位が高いため、電池電圧が低くなる点だ。そこで、安全性を担保する負極の電位は変えずに、正極電位を高めることで電池電圧を改善したという。

また、東芝独自のニオブチタン酸化物を活用。これにより、容量が大きく、パワー特性に優れているほか、溶出した金属を負極上で無害化できる効果を高めることができるという。

施策したラミネート型電池を使い、25℃の環境で、300回の充放電サイクル試験を行ったところ、大幅なガス抑制効果を確認でき、ガス発生による電池の膨張は見られなかったという。

「平均作動電圧は3.15Vとなった。リチウムイオン電池に比べると低いが、酸化物系負極を使用している電池としては高い水準にある。急速充電にも優れ、60℃の過酷な環境での100回の充放電後でも容量維持率は99.2%となり、傑出した性能を実現したと考えている。さらに、時間放電率においては、5C以上の大電流放電も可能である点も特徴だ」とした。

  • 性能試験結果
  • 性能試験結果
  • 試作されたラミネート型二次電池を用いた性能試験結果 (資料提供:東芝)

東芝では、リチウムイオン二次電池として、SCiBを商品化しており、負極材料にチタン酸リチウムを採用。高い安全性や長寿命、広い実効SOCレンジ、急速充電、パワー性能、低温性能にも優れるという特徴を持つ。「今回の試作品は、SCiBと同等の急速充電性と耐久性、出力性能を持ちながら、酸化物系負極の課題であった平均作動電圧を、LFP(リン酸鉄リチウム正極)セルを用いたリチウムイオン電池と同等レベルに改善できた。SCiBでは、過酷な環境や、高連続稼働環境下でも、パワー性と高信頼性を両立する蓄電池として高い評価を得ているが、もっと電圧をあげてほしいという要望がある。将来的には、こうした要望に対応できる技術になると期待している」と述べた。

今後は、車載用途などを見据えて、開発を進めていくという。「この電池を社会に実装していくには、高容量化に向けた開発や実証が必要だと考えている。たとえば、車載用には、50Ahや100Ahが必要になり、それに向けて大容量化する必要がある。5V級高電位正極は、安定した結晶構造を持っていることから、ガス発生をうまく抑えられれば、SCiBと同等レベルの寿命を期待できる。また、ラミネート型だけでなく、様々な電池フォーマットにも対応していくほか、量産化に向けた検証も実施する。さらに、当社が得意とする酸化物系負極だけでなく、炭素系負極を適用することで、より高い電圧を持った電池が作れるかといったことを含めて、様々な電池の形態を模索していく。だが、パワー性能や急速充電性能は確保しながら開発を進めたい」と述べている。

なお、同技術は、2023年11月28日から大阪国際会議場にて開催される第64回電池討論会で発表されることになる。