名古屋大学(名大)、北海道大学(北大)、九州大学(九大)、京都大学(京大)、東京大学(東大)、理化学研究所(理研)、科学技術振興機構(JST)の7者は11月22日、AI技術を活用することで、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の進化(変異株の出現)が、潜伏期間や無症候率などの臨床的な症状やヒトの行動と複雑に関連していた可能性を明らかにしたことを発表した。

同成果は、名大大学院 理学研究科のパク・ヒョンギ特任助教、同・岩見真吾教授、北大大学院 先端生命科学研究院の山口諒助教、北大大学院 生命科学院生命科学専攻の砂川純也大学院生らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。

ヒトの活動が及ぼす環境への影響は選択圧となり、多くの生物が適応的に進化する要因となる。新型コロナウイルスにおいても同様で、変異株が次々に生まれては既存の流行株に置き換わるという、ウイルスの進化がリアルタイムに観察される結果となっている。

一般的に、薬剤による抗ウイルス効果やワクチンによる免疫応答は、ウイルスの進化の要因になる。しかし、自宅待機、3密回避、感染者隔離など、医薬品を使わない「非薬理学的介入」(NPI)がウイルス進化におよぼす影響は、これまで不明であった。

NPIを用いた公衆衛生政策に基づく人口の規模、免疫、および行動の変化は、ウイルスの進化と関連している可能性があるとされており、例えばヒトが新型コロナウイルスへの感染を避けるための行動を取った結果、ウイルスはそれを克復するように進化したかもしれないと考えられるとする。NPIがウイルス進化に影響を与えることを示唆できれば、将来的には、ウイルスの進化を踏まえた、あるいは先回りした公衆衛生対策を行える可能性があることから研究チームは今回、ヒトの行動が進化に与えうる影響を、最新の数理科学(AI)技術を駆使して分析することにしたという。

今回の研究では、感染者の生体内で日々変化するウイルス量に応じた感染確率を考慮して、ヒト集団内でのウイルス伝播能力を評価できるシミュレータが開発されたほか、人工知能の一種で、生物の進化ダイナミクスに着想を得た最適化計算手法の1つである「進化計算(遺伝的アルゴリズム)」を組み合わせることで、現実世界で確認されたウイルス排出量のパターンがどのような状況で再現できるかが評価された。

実際に公開された臨床データを基に、武漢株からデルタ株への進化が、数理モデル駆動型データ分析を通じて分析されたところ、ピークウイルス量(コピー/ミリリットル)が5倍増加し、ピーク到達時間(日数)が1.5倍に早まっていたことが示されたという。感染者が感染後、早い段階で隔離されるような強力なNPIが存在する場合、ウイルス排出量のピークは増加し、早まる可能性があることが示されたことを踏まえ、このような「急性感染型」(宿主に感染してから増殖スピードが速く、すぐに症状が現れるタイプ)へのウイルスの進化は、潜伏期間や無症候率などに大きく左右されることも見出されたとしており、この結果は、臨床的な症状とヒトの行動が複雑に絡み合った結果を踏まえ、新型コロナウイルスが進化してきた可能性を示唆するものであるとする。

そのため、研究チームでは、今回の結果を活用することで、将来的には、このウイルスの生存戦略を利用し、公衆衛生の観点からウイルス排出の抑制を促すなど、ウイルス感染の超早期段階(潜伏期間など)の特徴を考慮した感染症対策が可能となるかもしれないとしており、今回提案された手法は、新型コロナウイルス感染症に限らず、あらゆる感染症の原因となる病原体がヒトの活動と相互に影響し合う過程で、将来的にどのように進化するのかを探るために幅広く活用できるとしている。

パンデミックの最中は、強力な感染症対策により新型コロナウイルスの感染拡大を抑制し、感染者数を最小限に抑えることが重要とされ、日本などにおける医療システムの過負荷リスクを減少させ(それでもかなりの負担はかかっていたが)、患者への適切な医療を確保することが目指されてきた。一方、ポストコロナ時代には、病原体である新型コロナウイルスの疫学的および臨床的特徴を理解し、新規の抗ウイルス薬やワクチンなどの適応的な治療、効果的なスクリーニング、および隔離戦略のための検査体制の確立の加速などが求められることとなる。

今回開発されたシミュレータについて研究チームでは、新型コロナウイルスの現実の進化傾向を再現することに成功し、そうして示されたウイルス排出量のパターンと、公衆衛生対策の効果との密接な関係を踏まえると、新型コロナウイルスがこれまでどのように進化し、今後どのように進化するのかを分析・予測していくことも重要な意味を持つようになるとしており、今回の成果は、NPIというヒトの行動が進化の選択圧になり得るという強力な証拠の1つであり、進化的および生態学的な視点からウイルスの進化を再評価することが不可欠であることを示唆するものであるとしている。

  • 今回の研究の概要

    今回の研究の概要 (出所:名大プレスリリースPDF)