理化学研究所(理研)は11月20日、光の偏光で焦点距離を制御できる「メタレンズ」を開発したと発表した。

同成果は、理研 光量子光学研究センター フォトン操作機能研究チームの田中拓男チームリーダー(理研 開拓研究本部 田中メタマテリアル研究室 主任研究員)らの研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行するナノサイエンスとナノテクノロジーの全般を扱う学術誌「Nano Letters」に掲載された。

  • 光の偏光方向で焦点距離を制御できるメタレンズ

    光の偏光方向で焦点距離を制御できるメタレンズ(出所:理研Webサイト)

現在の光学系は焦点距離を変化させるために複数のレンズ間の距離を機械的に変化させることから、時間を要することやシステムの複雑化・大型化が課題となっている。それを解決できる新機軸としてメタレンズの研究開発が進んでいるが、現状の同レンズも機械操作を利用しており従来の光学系と同じ課題を抱えているという。

そこで研究チームは今回、光の波長よりも細かな構造を人工的に導入し、その構造と光との相互作用を利用して実効的な物質の光学特性を人工的に操作する「メタマテリアル」の2次元版である「メタサーフェス」に関する技術を用いて、焦点距離可変メタレンズを開発することにしたという。

今回の研究では、特定の光の偏光にのみ応答するナノ構造を利用して、光の偏光を変えるだけで焦点距離を変えられる方法が採用された。この焦点距離可変メタレンズでは、特定の方向の偏波を持つ光(偏光)にのみ応答する異方的な特性を有するナノ構造が鍵となるという。同構造は直方体の窒化ガリウム(GaN)で構成され、横幅(W)や奥行き(L)などのサイズを変化させると、光波が照射された際にその光波に与える位相を変えることが可能。

  • 焦点距離可変メタレンズの構造

    焦点距離可変メタレンズの構造。(a)メタレンズを構成する基本素子のナノ構造。サファイア基板と基板表面に形成された直方体のGaNから構成されている。(b)偏光角θ=0°(x偏光)を入射した場合の集光スポットとその時の焦点距離fx。(c)偏光角0°

さらに、WとLが異なる非対称な構造を特定の方位に配列させることで、ある方向の偏光のみに位相ずれを与えることもできるほか、x方向の偏光に対してはレンズの形状と同じような位相ずれを与え、それと直交するy方向の偏光にはランダムな位相ずれを与えて、レンズとしては機能しないような設計も可能だという。

このメタレンズにx偏光を照射すると、レンズ内の位相ずれによって光は焦点距離fxの位置に集光され、一方でy偏光を照射しても光は集光されずそのまま透過する。

  • 焦点距離可変メタレンズの位相特性と生成される光スポットの強度分布

    焦点距離可変メタレンズの位相特性と生成される光スポットの強度分布。(a)x偏光(青)には凸レンズと同様の位相ずれがメタレンズによって加えられ集光されるが、y偏光(赤)にはランダムな位相ずれが加わり光は集光されない。(b)(a)とは反対にx偏光(青)にはランダムな位相のずれを与え、y偏光(赤)には凸レンズと同様の位相のずれを与えて光が集光される。(c)(a)のメタレンズによって生成される集光スポット。x偏光は焦点距離fxで集光される。(d)(b)のメタレンズによって生成される集光スポット。y偏光は焦点距離fyで集光される(出所:理研Webサイト)

この2種類のナノ構造を互いに影響し合わないように1つの基板表面に集積化したメタレンズを設計し、そこにx偏光を入射させると焦点距離fxの位置に光が集光され、y偏光を入射させると焦点距離fyの位置に光が集光される。そして、斜め方向の偏光を入射させるとその偏光成分がx方向とy方向に分解されて、x方向の偏光成分はfxの位置に、y方向の偏光成分はfyの位置へと2つの光スポットが形成されトータルの光強度分布は2つの光スポットの強度を足し算したものになる。

  • 試作焦点距離可変メタレンズの構造

    試作焦点距離可変メタレンズの構造。(a)メタレンズの電子顕微鏡画像。左下挿図は光学顕微鏡画像。(b)メタレンズの電子顕微鏡画像を拡大したもの。グループAの構造がピンク、グループBの構造がブルーに塗り分けられている(出所:理研Webサイト)

実験では、膜厚750nmのGaN層がサファイア基板の表面に形成された基板を使って、GaN層を電子ビームリソグラフィ法ならびに反応性イオンエッチング法などを用いて成形し、開口数0.1と0.01の2種類のメタレンズが試作された。この試作レンズでは、光の偏光方向を変化させた際に、光スポットの形状と位置がどのように変化するかがまず調べられた。偏光方向をx方向(θ=0°)からy方向(θ=90°)へ変化させるにつれて、光スポット位置が24.5mmから28.6mmへと4.1mm変化していること、ならびに光スポットのサイズは大きくは変化していないことが明らかにされた。

またその結果を基に、偏光方向と光スポットの強度ピーク位置(焦点距離に相当)の関係が調べられた結果、偏光方向の変換に対してほぼ線形に焦点位置(焦点距離)が変化していることが確認されたとする(理論計算と近似した値となった)。2つのグラフを比較すると、試作レンズのスポット位置が理論計算結果とほぼ一致していることが突き止められた。

  • 試作焦点距離可変メタレンズの光学特性

    試作焦点距離可変メタレンズの光学特性(出所:理研Webサイト)

さらに、焦点距離を変化させてもスポットの形状は常に円形でスポット形状の崩れがないことも確かめられたという。試作レンズの構造は波長532nmの緑色光を基準に設計されたが、赤色から紫色の異なる波長の光に対しても焦点距離可変メタレンズとして機能することもわかったとした。

今回開発されたようなメタレンズは、スマートフォンのカメラや拡張現実ディスプレイ、顕微鏡、双眼鏡や内視鏡などの医療用光学機器など、幅広い分野に適用できるという。人工構造の形状を設計すれば光機能を制御できるというメタレンズの設計の柔軟性と併せて、特定のアプリケーションの要求に合わせて精密にカスタマイズされた高性能な光学機器を実現できることが期待されるとしている。