京都大学(京大)と北海道札幌啓成高等学校の両者は11月21日、北海道にほぼ固有のカタツムリである「エゾマイマイ」が、天敵を模した外部からの刺激に応じて移動速度を1.2~1.3倍ほどに上昇させ、“走って逃げる”という行動を取ると考えられることが明らかになったと共同で発表した。

同成果は、京大 白眉センター/京大大学院 理学研究科の森井悠太特定助教、北海道札幌啓成高校の植木玲一教諭(現・北海道有朋高等学校教諭)、同校科学部の生徒6名らの共同研究チームによるもの。詳細は、ヒトを含む動物のあらゆる行動を扱う学術誌「Behaviour」に掲載された。

複数のカテゴリに跨がり動物の個性が相関するという現象は「行動シンドローム」と呼ばれ、動物行動学で注目されている。たとえば、捕食者に対する行動(大胆/内気)と、同種内での資源をめぐる競争(攻撃的/受動的)との間には相関があることが一般に認められているという。

しかし同種内ではなく、近縁種間について種間の関係や差異を動物の個性に関連させた研究はまだ多くないとのこと。そこで研究チームは今回、エゾマイマイと、その近縁の「ヒメマイマイ」の2種を対象として複数の軸に跨がる行動形質を観察し、近縁種間に行動シンドロームが存在するのか否かを調べたという。

  • 研究対象としたエゾマイマイ

    研究対象としたエゾマイマイ。撮影:京大 森井悠太特定助教(出所:京大プレスリリースPDF)

エゾマイマイは、天敵であるオサムシ類から攻撃を受けた際に、殻を振り回して迎撃するという世界にも例のない特徴を持ち、動物の個性の枠組みに照らせば外敵に対して大胆な行動をする種であると捉えられることが、先行研究よりわかっている。一方のヒメマイマイは、殻に引っ込んで捕食者をやり過ごすというカタツムリとしては一般的な行動を示し、内気な種であることが考えられるとする。

しかし、対捕食者行動以外の行動形質については両種共に調べられておらず、対捕食者行動とそのほかの行動形質との行動シンドロームの有無については未知のままだったとのこと。そこで、移動能力や探索性/活動性に着眼した2つの実験が行われることとなった。

研究チームはまず、独自の装置を用いて両種それぞれの移動速度を計測したという。特にエゾマイマイについては、外部からの刺激に対して大胆な行動をする種であることから、刺激の前後での移動速度の変化も併せて調べられた。その結果、ヒメマイマイよりもエゾマイマイの方が、通常時でも1.2~1.4倍ほど移動速度が速いことが判明した。

さらにエゾマイマイは、天敵からの攻撃を模した外部刺激により、移動速度をさらに1.2~1.3倍ほど上昇させることも確認された。つまり、一般的には殻に閉じこもって捕食者をやり過ごすカタツムリの中でも、エゾマイマイは捕食者に襲われると、殻を振り回すと同時に走って逃げるという、これまた世界的にも知られていない対捕食者行動を取ることが示されたのである。ただし研究チームは、通常時と刺激後の平均速度の差は0.22~0.30mm/秒程度であるため、実際にどれほどの効果があるのかは今回の研究からは推定できていないとする。

次に、ボビンやミシン糸、竹串などを用いて作成した簡便な装置により、両種の野外における探索性と活動性の比較を行ったとのこと。両種10個体ずつ、1日に6時・12時・18時・24時の4回に分けて5日間にわたって移動距離を計測したとする。また観察時には頭を出していたかどうかも記録し、両種の日周性も併せて調べたといい、結果として以下の2点が明らかになったという。

  1. 4つのどの時間帯においても、エゾマイマイはヒメマイマイよりも長く移動し多く活動する
  2. ヒメマイマイは典型的な夜行性であるのに対し、エゾマイマイは昼夜問わず同程度の移動性と活動性を示す「周日行性」だった

研究チームによれば、カタツムリは一般に夜行性の種類が多いとされているといい、エゾマイマイのような種は世界的にも初めての発見になるとしている。

  • 屋外における実験の様子

    屋外における実験の様子。撮影:撮影:京大 森井悠太特定助教(出所:京大プレスリリースPDF)

捕食者に対して大胆な種と見なせるエゾマイマイは、ヒメマイマイよりも探索性と活動性が高いことが今回示された。より大胆な個体が、より高い探索性と活動性を示すという相関関係は多くの生物で示されており、典型的な行動シンドロームの1つだ。つまり、対捕食者行動と探索性、活動性のそれぞれに明確な種間差があり、個性間の明確な相関が見られたという今回の研究の結果は、両種間に跨がる行動シンドロームの存在を示唆しているとする。

「種分化」の問題は、進化生物学上で最大の謎とされるが、研究チームでは、今回の2種の種分化は天敵のオサムシ類によってもたらされたと考えているという。ただし、動物の個性という考え方を取り入れることで、よりシンプルに2種の種分化を説明できる可能性もあるとのこと。つまり、今回の2種とオサムシ類の系が、“捕食者による被食者の多様化仮説”に輪をかけて未開の領域である“動物の個性と種分化との関係”にまで議論を拡張できる可能性を秘めていることを今回の研究成果は示していると考え、今後のさらなる研究を検討しているとしている。