京都産業大学(京産大)は11月21日、「ラブジョイ彗星(C/2014 Q2)」において観測されたアンモニア分子(NH3)を生成する謎の未同定分子について、同彗星のコマおよびガスのシミュレーションと比較した結果、太陽紫外線での「光解離寿命」は約500秒以上とする結果を得たと発表。

近年、窒素原子のキャリアとして彗星核に豊富に存在する可能性が指摘されている「アンモニウム塩」について、、シアン化アンモニウム(NH4CN)や塩化アンモニウム(NH4Cl)などの単純な形での存在は否定的な結果だったことを報告した。

  • 2015年3月10日に撮影されたラブジョイ彗星(C/2014 Q2)

    2015年3月10日に撮影されたラブジョイ彗星(C/2014 Q2)。ラブジョイ彗星は、オーストラリア在住の市民天文学者でコメットハンターとして知られるテリー・ラブジョイ氏が発見した彗星の1つのため、その通称で呼ばれる彗星は複数存在している。今回対象とされたC/2014 Q2(国際天文学連合によって登録されている公式な名称)は、2015年1月に地球から約7000万kmまで接近した。画像提供:Michael Jaeger(出所:京産大 神山天文台Webサイト)

同成果は、京産大 神山宇宙科学研究所・神山天文台の河北秀世教授(理学部)らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、米天体物理学専門誌「The Astrophysical Journal」に掲載された。

彗星は、小惑星と共に太陽系において最も始原的な小天体の1つとして知られ、炭素・酸素・窒素の比較的軽い3種類の元素の組成比が、太陽の組成比と非常に似ているという特徴を有する。しかし窒素だけは、若干の欠乏が見られることが過去の観測研究で明らかにされており、その原因は長らく未解明のままだった。

そうした中、2014年から2016年にかけて欧州宇宙機関(ESA)の「ロゼッタ」により「チュリュモフ・ゲラシメンコ彗星」の詳細な探査が行われた結果、窒素原子がアンモニウム塩(化学式では「NH4X」と表される分子種の総称で、XにはCNやClなどが入る)として固体の形で彗星核に取り込まれており、普段はガス化しにくいために観測されない可能性があるという説が発表された。これまで窒素原子は、揮発性の高い氷に含まれるアンモニア分子やシアン化窒素(HCN)などの形で彗星にあるものとされていたため、揮発して観測されると考えられていたが、そうではない可能性が出てきたのである。しかし、チュリュモフ・ゲラシメンコ彗星の調査だけでは、彗星の大半に共通することなのかどうかは結論付けられない。

そこで研究チームは他の彗星についても観測を行うため、2015年、すばる望遠鏡と同じハワイ島マウナケア山の山頂にある口径10mのケック望遠鏡に搭載されている近赤外線高分散分光器「NIRSEPC」を用いて、同年1月に地球に最接近したラブジョイ彗星を観測したという。

その結果、アンモニア分子は彗星核から直接放出されているのではなく、彗星のコマ中で別の分子などから二次的に放出されているという観測結果が得られたとのこと。なおコマとは、彗星が太陽に近づいた際に観測される、頭部が明るく拡散して広がった領域のことを指す。

また今回の研究では、「DSMC」と呼ばれる計算技法を使った彗星コマのガスの流れを再現するシミュレーションを実施し、どのような分子からアンモニア分子が生成されているのかを調べたという。同技法は、密度の高いガスから密度の低いガスまで統一的に扱うことができる「ボルツマン方程式」を直接解くための数値技法の1つであり、宇宙関連では、希薄な大気中での地球帰還カプセルの大気抵抗の計算などにも使用されているものだ。

そして算出されたラブジョイ彗星を模擬したシミュレーション結果と、実際に観測されたアンモニア分子の分布の様子を比較したところ、アンモニア分子の元となる物質は、太陽光による「光解離現象」(紫外線などの十分なエネルギーを持つ光子を受け、分子が壊れること)に対し、500秒程度(約8分20秒)の寿命を持つことが判明した。なお実際には、アンモニア分子の一部は彗星核から直接放出されていると仮定すると、500秒以上の寿命を持つと考えられるという。また、シアン化アンモニウムや塩化アンモニウムといった単純なアンモニウム塩が寄与していた可能性については、同彗星の光解離で生成されるシアン化水素や塩化水素(HCl)の空間分布との比較から否定的とされた。

  • 彗星コマ中で光解離によりアンモニア分子が生成されるイメージ

    彗星コマ中で光解離によりアンモニア分子が生成されるイメージ。(c)京都産業大学(出所:京産大 神山天文台Webサイト)

今回の研究ではアンモニア分子の元となる物質の特定には至っていないが、研究チームは光解離に対する寿命に制限をつけたことで、実験室での起源物質調査が進むことが期待されるとしている。