電気通信大学(電通大)と科学技術振興機構(JST)の両者は11月20日、多くの粒子からなる量子系から「エネルギーコヒーレンス」(以下、EC)を取り出す際の限界を理論的に明らかにしたことを共同で発表した。

同成果は、電通大大学院 情報理工学研究科 情報・ネットワーク工学専攻の山口幸司特任研究員、同・田島裕康助教(JSTさきがけ研究者兼任)らの研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する機関学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。

量子力学においては、エネルギーの「重ね合わせ」が可能で、その1つはECと呼ばれる。ECは自由に作り出すことはできない(着目系の外部に多量のECが存在する場合はその限りではない)上、また簡単に壊れてしまうことがわかっている。つまりECを有効活用するには、量子系から高い純度のECを抽出することが必要となる。そこで重要となるのが、量子系からどのくらいの量のECを抽出できるのかという点だ。

このような“量子的なリソース”を量子系からどれだけ抽出可能かを求める研究は、「リソース理論」と呼ばれる(量子もつれ(エンタングルメント)も同理論の1分野)。その中でも扱うリソースによっていくつかに分かれるが、ECを資源として取り扱うものは「非対称性のリソース理論」と呼ばれている。

  • エネルギーコヒーレンスとその応用

    エネルギーコヒーレンスとその応用(出所:JSTプレスリリースPDF)

この非対称性のリソース理論において、同じ状態のコピーが多数並んだ状態の「i.i.d.設定」からの抽出を考える単純な状況においては、量子系から抽出できる最大のEC量が「量子フィッシャー情報量」と呼ばれる情報量によって特徴づけられることが、先行研究によって解明されている。これは、量子系からECを取り出すという抽象的な操作と、系のエネルギーの量子ゆらぎを定量化する同情報量を結びつける重要な結果だという。

しかしこの結果は単純なi.i.d.設定のみに有効であるため、たとえば相関を持つような通常の量子状態には適用できず、EC抽出の包括的理論は未完成となっている。そこで研究チームは今回、多くの粒子からなる量子系の、任意の量子状態から取り出すことのできるECの最大量を計算する一般公式を確立したとする。

今回確立された公式を用いると、ECの供給源としてどのような量子系・状態が、どの程度有用であるかを定量的に解析することができるとのこと。またこの結果に並列なものとして、抽出の逆に相当する過程である状態準備に必要なコストについての一般公式も確立された。一般に、量子系をある状態に準備するためにはECを用意する必要があるが、この際に可能な限り無駄な損失を減らすことが重要だという。今回の研究成果を用いることで、多くの粒子からなる量子系を望んだ状態に準備するために必要な最小コストを解析することが可能となるとしている。

研究チームによると今回の成果は、先行研究を踏まえて一般化されたものであり、複雑な相関を持つ量子系に対して適用可能だという。上述したように、i.i.d.設定におけるECの抽出可能量と状態準備コストは、量子フィッシャー情報量によって定まることが先行研究によって明らかにされている。同情報量を「情報スペクトル理論」によって拡張することにより、今回の研究によるECの抽出可能量と状態準備コストについての一般公式が表されるとした。

  • エネルギーコヒーレンスの理論と量子もつれの理論の対応関係

    エネルギーコヒーレンスの理論と量子もつれの理論の対応関係。いずれの場合もi.i.d.設定の結果を情報スペクトル理論により拡張することで、多くの粒子からなる一般の量子系に適用可能な理論が構成できるとする(出所:JSTプレスリリースPDF)

情報スペクトル理論は、多くの理論において、複雑な相関を持ちうる系の解析にしばしば用いられてきた強力な手法だという。従来、同手法は主にエントロピーに関係する問題に対して用いられてきた。その重要な例が量子もつれの理論だ。同理論のi.i.d.設定では「エンタングルメントエントロピー」と呼ばれる量が中心的役割を果たし、その情報スペクトル理論的拡張によって、一般の多粒子系の量子状態から抽出可能な量子もつれ量と状態準備コストが表せることが先行研究によりわかっている。

そのことを踏まえると、今回の成果はECの理論と量子もつれの理論の間の構造的な類似性も解明したともいえるとのこと。つまり、ECと量子もつれという2つの大きく異なる量子系の性質は、それぞれ量子フィッシャー情報量とエントロピーという物理量を軸として、情報スペクトル理論を用いることで理解できることが明らかにされたといえるとする。

今回の成果は、将来の量子技術の応用に向けた解析に役立つことが期待できるという。また、今回の研究は情報スペクトル理論の従来の適用範囲を拡張する試みがある程度の成功をおさめたという側面も持っており、この強力な枠組みをさらに拡張・応用することで、量子系のさまざまな性質が解明されることが期待される。

一方で今後の課題としては、今回の成果を応用していくこと、また外部と相関を持つような状態(混合状態)の変換においては解析が終わっていない部分があるため、そうした部分の解析を進めていくことなどが挙げられるとしている。