広島大学は11月17日、細胞に生えている1本の“毛”である「一次繊毛」の長さが、「時計遺伝子」により制御され、24時間周期で伸縮することを発見したと発表した。
同成果は、広島大大学院 医系科学研究科 解剖学及び発生生物学研究室の中里亮太助教、同・池上浩司教授らの研究チームによるもの。詳細は、分子/細胞/発生の生物学に関する全般を扱う学術誌「EMBO Reports」に掲載された。
ヒトの体を構成する細胞には、一次繊毛と呼ばれる数μmの長さの毛が生えている。一次繊毛は細胞の状態や外部環境に応じて形を変え、細胞の働きを正常に保つ機能を持つと考えられている。また、一次繊毛の形や機能に異常が生じると、「繊毛病」と呼ばれるさまざまな疾患を引き起こすことがわかっている。
ヒトなどの多くの生物には、睡眠と覚醒、ホルモン分泌などの生命現象が概日リズム(24時間周期のリズム)を刻むための生体機構である「体内時計」が備わっている。概日リズムは、「時計遺伝子」と呼ばれるタンパク質の合成と分解が、約24時間周期で繰り返されることにより形成される。
近年、さまざまな生命現象におけるこの概日リズムの存在が明らかになってきている。たとえば、火傷を負った時間帯が夜の場合、昼に火傷を負った場合に比べ、治癒までにかかる時間が長いことが報告されている。しかし、体内時計がさまざまな生命現象に概日リズムを与えるメカニズムやその意義については、まだ不明な点が多く残っているという。そこで研究チームは今回、マウス線維芽細胞を用いて、一次繊毛における概日リズムに関して詳細を調べたとする。
今回の研究では、培養細胞の実験から、体内時計を生み出す転写因子群である時計遺伝子の合成と分解が24時間周期で行われているマウス線維芽細胞では、一次繊毛の長さが24時間周期で伸縮することが発見された。また、マウス実験から脳を構成する神経細胞やグリア細胞における一次繊毛の長さは、昼に比べて夜の方が長いことも明らかになったとのことだ。
次に、線維芽細胞が傷ついた部位(創傷部位)へ移動する速度を測定する創傷治癒アッセイを行ったところ、一次繊毛の長さが最も長い時間帯の傷に面した線維芽細胞では、一次繊毛の長さが最も短い時間帯に比べ創傷部位への移動速度が低下することが確認されたという。
研究チームは以上の結果から、一次繊毛の長さは体内時計により制御され24時間で伸縮する概日リズムを形成することが突き止められたとする。また、創傷治癒のカギとなる線維芽細胞は昼夜で異なる一次繊毛の長さに依存して創傷部位への移動速度が変わることも発見されたとした。
今回の研究では、一次繊毛と体内時計という、一見無関係と思われる2つの生命機構の新たな関係性が発見された。また、昼に負った傷と夜に負った傷では治癒までにかかる時間が異なるという現象に、今回の研究で発見された線維芽細胞における一次繊毛の概日リズムが関与することが示唆される結果が得られたとする。
今後の解析により、一次繊毛が創傷治癒だけでなく、睡眠・覚醒、ホルモン分泌、体温変化など、概日リズムを示すさまざまな生命現象においてどのような役割を担うのかが解明されることが期待されるとしており、解明の結果、不眠症、時差ぼけなど、体内時計の乱れを原因とするさまざまな健康障害の理解や予防・治療法開発、体内時計の研究知見を取り入れた「時間医療」「24時間医学」の発展につながることが期待されるとしている。