山梨大学と生理学研究所(生理研)の両者は11月13日、日本では患者数が約50名と非常に稀少な難治性神経変性疾患であり、根本的な治療法がまだない「アレキサンダー病」の病態保護作用に関与する細胞を発見したと共同で発表した。

同成果は、山梨大大学院 総合研究部 医学域 基礎医学系 薬理学講座/山梨GLIAセンターの小泉修一教授、同・齋藤光象助教、生理研の鍋倉淳一所長、同・堀内浩助教らの共同研究チームによるもの。詳細は、神経科学に関する全般を扱う学術誌「BRAIN」に掲載された。

非常にまれな疾患であるアレキサンダー病は、発症年齢の幅が広く、重症度や臨床経過に大きな多様性がある点が特徴だ。新生児や乳幼児期に発症した場合には、けいれん、大頭症、精神運動発達遅滞を中核症状とし、亡くなることも多いとのこと。また成人での発症の場合は、新生児や乳児期の発症と比べると生命予後は良好だが、四肢の運動障害、嚥下障害、排尿困難など、機能予後は不良なことが多いという。

中枢神経系に常在する非神経細胞「グリア細胞」の一種である「アストロサイト」は、中枢神経系の栄養代謝、シナプス可塑性、細胞間の情報伝達機能などの役割を担う。これまで、アレキサンダー病のほぼすべての患者において、アストロサイトに特異的な「GFAP遺伝子」に変異が認めらており、発症にはアストロサイトの機能異常の関与が推定されていた。

しかし同じGFAP変異であっても、ほぼ無症状に近い軽症例の報告もあり、GFAP遺伝子やアストロサイト以外の要因が病状に影響する可能性も指摘されていたものの、それが何かは不明だったという。そこで研究チームは今回、グリア細胞の一種で、中枢神経系の免疫細胞などの役割を担う「ミクログリア」に着目したとする。

これまでアレキサンダー病の病態における役割については詳しく調べられていなかったミクログリアについて、今回の研究では、同疾患のモデル動物実験において、ミクログリアの機能解析および網羅的遺伝子発現解析による検証が進められた。そして検証の結果、同疾患モデルマウスの脳では、アストロサイトの形態が特徴的に変化していることが判明。さらにこうした異常アストロサイトの密集部位にはミクログリアも集積しており、それらは過剰に突起が増加した形態変化が示されたとする。研究チームはこのようなミクログリアについて、異常アストロサイトのシグナルを感知して強く応答し、活性化状態にあることが考えられるとしている。

  • アレキサンダー病モデルマウスにおけるミクログリアの形態変化

    アレキサンダー病モデルマウスにおけるミクログリアの形態変化。ミクログリアのマーカー「Iba1」による免疫染色画像。野生型マウス(左)に比べて同疾患モデルマウス(右)では、ミクログリアの細胞数増加および細胞突起増加を主体とした形態変化が観察された(出所:生理研Webサイト)

次に、この活性化ミクログリアの機能変化を調べるため、カルシウムイオン(Ca2+)イメージングが行われた。その結果、ミクログリアが活発なCa2+シグナルを発生していることが確認されたという。また追加の実験により、活性化Ca2+シグナルは、ミクログリアに特異的に発現する「P2Y12受容体」を介して生じていることも解明されたとのことだ。

  • アレキサンダー病モデルマウスにおけるミクログリアCa2+シグナルの活性化

    アレキサンダー病モデルマウスにおけるミクログリアCa2+シグナルの活性化。(A)2光子励起レーザー顕微鏡を用いた脳スライスのミクログリアCa2+イメージング法の概略図。(B)コントロールマウスのイメージングデータ(左)と同疾患モデルマウスのデータ(右)。モデルマウスにおいて、Ca2+シグナルの頻度と振幅が共に増加し、ミクログリアの活性化状態が観察された(出所:生理研Webサイト)

この活性化Ca2+シグナルの分子メカニズムを調べるため、研究チームは、特定の脳部位(海馬)における全細胞の網羅的遺伝子発現解析を実施。するとアレキサンダー病モデルでは、ミクログリアのP2Y12受容体の発現量自体は増加していなかったという。つまり、Ca2+シグナル増によるミクログリアの活性化には、この受容体のリガンド(刺激物質)であるATPおよび「アデノシン2リン酸」(ADP)の細胞外濃度上昇が関係している可能性が考えられたとする。

そこで、ATP放出やATPの分解・取り込みに関連する遺伝子の発現状態を調査すると、アストロサイト特異的なATP分解酵素の遺伝子「Entpd2」(タンパク質名「NTPDase2」)の発現が低下していることが判明。つまりアレキサンダー病を患う脳では、アストロサイトのNTPDase2の発現が低下していることにより、ATPおよびADPが分解されずに高濃度で存在するようになる。ミクログリアは、これらを病態シグナルとしてP2Y12受容体によって感知し、Ca2+シグナル上昇、形態変化等の活性化状態を示すことが示唆されたとしている。

  • GFAP・NTPDase2の共染色画像

    GFAP・NTPDase2の共染色画像。アレキサンダー病モデルマウスにおいて、NTPDase2発現低下が認められ、1細胞RNAシーケンス解析と一致した結果が示された。GFAP異常凝集陽性アストロサイト(白矢頭)で、特にNTPDase2発現が低下している(出所:生理研Webサイト)

続いて、アレキサンダー病の病態に対する活性化ミクログリアの役割を解明するため、同疾患モデルマウスにP2Y12受容体阻害薬「クロピドグレル」を投与し、その影響が調べられた。そして同阻害薬は、海馬においてアレキサンダー病の病態マーカーである「ローゼンタル線維」を増加させ、さらに神経細胞障害を起こすこと、つまりアレキサンダー病の病態を増悪させることがわかった。

  • P2Y12受容体拮抗薬クロピドグレル投与によアレキサンダー病モデルのアストロサイト病態増悪と神経細胞障害

    P2Y12受容体拮抗薬クロピドグレル投与によるアレキサンダー病モデルのアストロサイト病態増悪と神経細胞障害。(A)FluoroJade染色。同疾患の病態マーカーのローゼンタル線維を検出することが可能。クロピドグレルが投与されたアレキサンダー病モデルマウス(右)では、非投与マウス(左)と比較して、FluoroJade陽性細胞数が増加し、アストロサイト病態悪化が示唆された。(B)神経マーカーのNeuN・MAP2の共染色画像。クロピドグレルが投与されたマウス(右)では、非投与マウス(左)に比べてMAP2シグナル低下が顕著であり、神経障害が発生していると考えられるという(出所:生理研Webサイト)

また、siRNAを使った分子生物学的なRNA干渉法を用いて、P2Y12受容体遺伝子の発現を低下させたところ、クロピドグレルを用いた場合と同様に、疾患の増悪作用が認められたとする。つまり、ミクログリアはP2Y12受容体によりアストロサイトの異常を感知して活性化した後、同疾患の病態進行の抑制に関与することが強く示唆されたと結論付けている。

これまで、アレキサンダー病において根本的な治療法は確立されていなかったが、今回の研究により、新しい治療標的としてミクログリアが見出された。研究チームは今後、“ミクログリアの機能を調節制御する”という新たな戦略による治療薬の開発が期待されるとしている。

  • アレキサンダー病モデルのミクログリアによる病態抑制の概要

    アレキサンダー病モデルのミクログリアによる病態抑制の概要。アストロサイトの病態によってNTPDase2発現低下が起こり、ATP分解遅延が発生する。これによって、生じた細胞外ATP濃度上昇がミクログリアのP2Y12受容体によって感知され、同受容体を介したCa2+シグナル活性化が生じる。このようなアストロサイト病態に由来するATP濃度変化を、ミクログリアは病態シグナルとして認識する。この一連のシグナル経路はミクログリア機能変化を誘導し、アストロサイト病態への抑制的作用をもたらすとした(出所:生理研Webサイト)