電力中央研究所(電中研)、埼玉大学、セレスの3者は11月13日、半世紀以上も未解明だった、光合成の電子受容体量を調節する仕組みを明らかにしたことを共同で発表した。

同成果は、電中研 サステナブルシステム研究本部 生物・環境化学研究部門の橋田慎之介上席研究員、埼玉大大学院 理工学研究科の川合真紀教授、セレス 技術本部環境部の福田裕介氏、同・石山知波氏らの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。

植物は太陽光を浴びて光合成を行い、光エネルギーを化学エネルギー(ATP)に変換して成長する。この過程では、葉緑体から取り出された電子が電子伝達経路を通じて受容体(NADP)に受け渡されてNADPH(還元力)に一時的に保存され、それと同時にATPが生産される。そしてこれらを利用してCO2を固定し、糖やデンプンを合成しているのである。

  • 光合成による光エネルギーの保存

    光合成による光エネルギーの保存。光合成では葉に光が当たると葉緑体内で電子伝達経路が駆動し、受容体であるNADPが還元されてNADPHが生産される。このNADPHが還元力として使用されることでCO2を固定し、糖やデンプンが合成される(出所:電中研プレスリリースPDF)

これまでこの光合成については、光がない夜には電子伝達が起こらないため、NADPの状態で蓄積していると考えられてきた。しかし研究チームは近年、NADPの高精度定量技術を開発し、30分以上光が当たらない葉では、受容体を合成できない変異植物と同程度までNADPが減少することがわかってきたという。野外環境では、太陽光が雲や障害物によって遮られることにより、実際に葉にあたる光の強さや時間は日中を通して大きく変動する。その中で数分間の日陰では同受容体は減少しないものの、長時間にわたる日陰や夜には減少するため、植物が光環境を認知して受容体量を増減していると考えられる。しかしそのメカニズムについては、光環境により受容体量が変化する現象が発見された1959年以来、長らく不明だったとする。

そこで今回の研究では、NADPの精密定量技術を駆使した研究に着手。光が当たる昼間の葉緑体内部で受容体の合成が促進される現象が、どういったメカニズムで調節されるのかを解明するに至ったとしている。なお研究チームは、同研究の特徴として以下の3点を挙げる。

今回の研究の特徴

  1. 葉緑体内部の受容体量の変動と合成活性特性の計測
  2. 電子伝達経路と受容体合成の関係を解明
  3. サイクリック経路と受容体分解の関係を解明

葉緑体内部の受容体量の変動と合成活性特性の計測

電子受容体であるNADPは細胞に広く存在し、光合成以外の反応にも利用されるため、研究チームははじめに葉緑体特異的な受容体量の変動について調べたとのこと。植物の葉から単離した無傷の葉緑体を用いて受容体量を計測する実験系と、受容体の合成活性を計測する実験系を開発し、光に応答した受容体の変動が葉緑体で起こることを証明したとする。また、受容体の合成酵素の活性には光が必要であるとともに、アルカリ性のpHで活性が顕著に増大することも明らかにされた。

  • (左)無傷葉緑体単離の様子。(右)葉緑体破砕液に含まれる電子受容体合成活性のpH依存性

    (左)無傷葉緑体単離の様子。(右)葉緑体破砕液に含まれる電子受容体合成活性のpH依存性。葉緑体に照射する光強度に比例して合成活性が高まると共に、反応液のpHがアルカリ性の時に活性が増大するという結果が得られたとした(出所:電中研プレスリリースPDF)

電子伝達経路と受容体合成の関係を解明

光合成の電子伝達経路は、受容体がなければ電子が渋滞してしまい動かないものの、サイクリック電子伝達経路というもう1つの経路が同時に駆動している。この電子伝達経路では、電子を受容体に渡すことなく系内を循環することで、葉緑体内のpH勾配を光がある時の状態に保ちATPを合成する。

電子伝達経路の阻害剤によってすべての電子伝達を止めると、光があっても受容体は合成されない。そしてサイクリック電子伝達経路を特異的に阻害した時にも、受容体の合成が抑制されたという。また、サイクリック電子伝達経路を欠損する変異体では受容体合成が顕著に遅延しており、光に応答した速やかな受容体の増加にはこの経路の駆動によるpH勾配が重要であることが明らかになったとしている。

サイクリック経路と受容体分解の関係を解明

植物の葉に光を当てた後に遮光すると、受容体量は徐々に減少する。この時、遮光前に強光を照射することでサイクリック経路を亢進すると、受容体の減少は遅延したという。また同様に、この経路の亢進変異体では受容体の減少が遅延し、欠損変異体では減少が加速した。なお、受容体の分解活性は弱酸性から中性のpH条件で活性化し、アルカリ条件では消失していたとする。

  • サイクリック電子伝達活性と受容体現象の関係

    サイクリック電子伝達活性と受容体現象の関係(出所:電中研プレスリリースPDF)

したがって、遮光によって生じる葉緑体内部のpH変化と受容体分解酵素の活性特性が一致することが判明。さらに、遮光時に葉緑体内のpHを調節するイオン輸送体の欠損変異体でも同様の遅延が観察されたことから、葉緑体内部の受容体量が光環境に依存したpH変化によって調節されることがわかったと結論付けている。

研究チームは以上の成果から、植物の葉の葉緑体では、光によって電子伝達経路が駆動することで葉緑体ストロマのpHが受容体を合成しやすい環境に調整され、受容体量が増加して光合成出力が増大すると考えられるとする。光が遮られた環境ではサイクリック電子伝達経路によってpHが維持され、数分間は次の光まで待機するが、循環可能な電子が尽きると、葉緑体ストロマのpHは受容体を分解しやすい環境に調整されて減少することがわかってきたのである。

  • 今回の研究の成果から考えられる光照射時の受容体量調節の仕組み

    今回の研究の成果から考えられる光照射時の受容体量調節の仕組み。光によって電子伝達経路(ETC)が駆動することで受容体合成酵素が活性化し(ETCからNADKへの矢印)、この時にサイクリック電子伝達経路(CET)の働きによって、pHがアルカリ性に調節されることで受容体合成が促進され(CETからNADKへの矢印)、受容体分解が抑制される(CETからNADPPへのTバー)。受容体が増加することで、光エネルギーを化学エネルギーとして保存する経路(LET)が、充分に駆動されるようになり光合成出力が高まる(LETからの矢印)(出所:電中研プレスリリースPDF)

これまでの光合成活性の改善や最適化のためのシミュレーションでは、電子受容体の変動についてはあまり考慮されてこなかった。その要因の1つには、受容体の量が実験室内の光環境によって容易に変動してしまうため、適切な評価が困難だったことも挙げられるという。

研究チームは今回の成果について、変動する光環境に応答した受容体増減の仕組みを解明し、光合成出力の改善によるバイオマス増産のみならず、有害植物の成長抑制に資する新たな農薬開発にもつながる重要な発見といえるとする。また、これまでの教科書に載っていた受容体の記載は、常に一定量があることが前提とされたものだったが、光合成活性の制御要因の1つとして認識を新たにするものでもあるとしたうえで、こうした受容体量を調節する仕組みに関与する酵素遺伝子など、未だ明らかになっていない構成要素を同定することは、新たな植物科学理論に基づく成長制御技術の開発に寄与すると考えられるため、さらに詳しく研究を進めてその機能を明らかにしていくとしている。