理化学研究所(理研)は、11月12日午前3時49分(日本時間)に、キューブサットX線天文衛星「NinjaSat(ニンジャサット)」を、米カリフォルニア州ヴァンデンバーグ宇宙軍基地から、Falcon 9ロケットの相乗りミッション「Transporter-9」により打ち上げられることを発表。そして打ち上げを主導するSpace Xより、同衛星の打ち上げ・放出・分離が予定通りに成功したことが報告された。
同ミッションは、理研 開拓研究本部 高エネルギー宇宙物理研究室の玉川徹主任研究員(理研 仁科加速器科学研究センター 宇宙放射線研究室 室長兼任)、同・榎戸極限自然現象理研白眉研究チームの榎戸輝揚理研白眉研究チームリーダーらの国際共同研究チームによるもの。
NinjaSatは、理研が民間宇宙企業との協働により、小型で機動的なX線衛星ミッションを実現すべく、2020年より進めてきたNinjaSatプロジェクトによるもので、理研、リトアニアの民間宇宙企業「Kongsberg NanoAvionics(ナノアビオニクス)」、三井物産エアロスペースと共同開発された。同衛星はナノアビオニクスにて2023年3月に完成し、詳細な機能確認試験を経て米国カリフォルニア州に輸送され、Falcon 9ロケットに搭載された。
NinjaSatは10cm×20cm×30cm(6U)のサイズで、観測装置として、理研で開発された1Uサイズの2台のガスX線検出器(GMC)が側面の両端に、衛星軌道上における背景放射線環境をモニターするための2台の粒子線検出器が搭載されている。過去に米国と中国ではX線観測キューブサットが打ち上げられているが、今回はそれらに対して10倍以上のX線検出感度を持ち、観測できる天体数が飛躍的に増加しているという。
同衛星にはそのほかにも、2つの展開型太陽電池パネル、GMCと同じ方向を向くスタートラッカー(恒星を観測することで視線方向を知るための装置)、姿勢を制御するためのモーメンタムホイール(はずみ車)、通信機、フライトコンピュータ、リチウムイオン電池などを、コンパクトな6Uボディに備えているとする。
NinjaSatが投入されるのは、高度550kmの北極と南極上空を通過する極軌道だ。ロケットから切り離された直後に電源がオンとなり、太陽電池パネルの展開、通信機器の確認など、一連の作業が行われる。その後は2か月間の衛星コミッショニング(調整・試運転)、そして搭載観測機器の性能評価を経て、2024年1月より本格的な科学観測を開始する予定とのことで、その運用期間は1年が計画されている。
ブラックホールや中性子星など、強い重力を持つ天体と通常の恒星の連星系は、吸い込まれるガスが強い重力によって落ち込む際に高温となり、X線で輝くことから「X線星」とも呼ばれる。X線星は突然増光することもあり、こうした突発的な新天体の出現や、時間と共に明るさが変動する天体現象を即座に捉え、長期にわたってその天体をモニタリングするアプローチは「時間領域天文学」と呼ばれる。同衛星では、機動的で運用の自由度が高いことを活かして、こうした突然増光したX線星を占有で長期観測し、X線の時間変動を詳細に追うという。同様の占有長期観測は従来の大型衛星では難しいが、同衛星ならそれが可能であり、これまで見過ごされていた現象の発見も期待されている。
なお理研では、宇宙航空研究開発機構(JAXA)や大学と共に、2009年から国際宇宙ステーション(ISS)において全天X線監視装置「MAXI」を運用しており、銀河系内の数多くの新しいブラックホール連星を発見してきた。そしてNinjaSatは、MAXIが発見したX線天体の追跡観測にも柔軟に対応できるように設計されているという。
X線星の明るさが変動する時間スケールは、1000分の1秒から数日間までと幅広い。MAXIが発見した天体を、NinjaSatで連携して長期観測できれば、X線星の明るさの変動について詳細な研究が可能になるとする。また、X線の時間変動を可視光の時間変動と比較することで、物質がどのようにブラックホールや中性子星に落ち込んでいくのか、その仕組みの詳細な研究も期待されているとする。
また同衛星は、高速自転する中性子星の「さそり座X-1」も主要な観測対象とする。同天体は高速自転に伴い、定常的に重力波を出している可能性があるが、正確な回転周期は不明だ。もし同天体で、天体の回転情報を含むX線の時間変動である「準周期振動」を観測できれば、地上の重力波天文台による定常重力波の探索に重要な情報を提供できるという。
研究チームは今後、同衛星の運用の高い自由度を活かし、市民や学生に向けた公開宇宙天文台のような活用も検討しているとのこと。また今回のプロジェクトで得た経験を、将来的に、宇宙における基礎科学研究(生物医科学、物性、化学実験など)ミッションのプラットフォームを構築するために活用することも考えているとしている。