名古屋大学(名大)、東京工業大学(東工大)、大阪大学(阪大)、国立がん研究センター(国がん)、科学技術振興機構(JST)の5者は11月9日、木材由来のセルロースナノファイバー(CNF)を用いて、新しい「エクソソーム」の捕捉ツール「EV(細胞外小胞)シート」を開発し、卵巣がんを対象とし、従来は採取が不可能だった微量体液からのエクソソームの回収と保存を実現し、さらに解析を行うことで、新しいエクソソームの特性を明らかにしたことを発表した。

同成果は、名大 医学部附属病院 産婦人科/同・大学 高等研究院の横井暁病院講師、同・大学大学院 医学系研究科 産婦人科学の梶山広明教授、東工大 生命理工学院 生命理工学系の安井隆雄教授、阪大 産業科学研究所の古賀大尚准教授、国がん 研究所 病態情報学ユニットの山本雄介ユニット長らの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。

EVは、細胞が分泌する細胞間コミュニケーションに不可欠なツールで、直径40~1000nmほどの小胞体であり、疾患の有無や治療選択を補助するようなバイオマーカーとしての応用も期待されている。そしてエクソソームは、そうしたEVの一種で、直径200nmよりも小さく、細胞の情報を搭載した封書や小包などのようなもので、細胞間を行き交い、生命の維持に重要な役割を果たしていることが知られている。

これまでの研究などからEVの重要性は理解されていたものの、回収・解析が困難であり、高い精度で回収できる最適な方法がないこと、ならびに回収に関しては一定量の試料量が必要であることなど、解決すべき課題が複数あったという。特に、100μLを下回るような微量な体液からのEV解析はほぼ不可能であり、新たな手法の開発が望まれていた。そこで研究チームは今回、CNFを用いてエクソソーム捕捉ツールの開発を試みることにしたとする。

CNFは、主に木材細胞壁から得られるバイオマス素材であり、軽量性や高強度など、複数の優れた特性を有するため近年、注目を集めるようになっている。今回のEVシートは、紙すき技術と溶媒置換技術が応用され、EV捕捉に適したナノ細孔構造を持つCNFシートとして開発され、最終的にEVシートの吸水性や乾燥により閉孔する特性を活かすことで、10μLという微量な体液からエクソソームを効率的に回収・保存する手法が確立された。

またEVシートの特性を活かし、湿潤した臓器の表面から直接EVを回収する手法も考案された。具体的には、EVシートを臓器に数秒間貼り付けると、体液が毛細管力によってEVシート内に吸収され、その後の乾燥処理によって体液中のEVがEVシートのナノ細孔構造内に選択的に捕捉されることが確認されたという。

  • EVシートによるEV回収の様子

    EVシートによるEV回収の様子 (出所:プレスリリースPDF)

EVには核酸やタンパク質などの生理活性分子が含まれており、それらは解析が可能なものであることから、今回の研究ではEVシートで回収されたEVからRNAの抽出が行われ、次世代シーケンサーを用いてEVに内包されていたマイクロRNA(miRNA)の情報の解析が行われたという。miRNAは細胞内に加え、血液や唾液、尿などの体液にも含まれる、22塩基長程度の小さなRNAであり、近年、がんなどの疾患に伴って、患者の血液中でmiRNAの種類や量が変動することが報告されるようになってきたこともあり、新たな診断マーカーとして期待されるようになってきた。

今回の研究では、卵巣がんに応用されたが、卵巣がんは日本では年間約1万3000人が罹患し、その約半数が助からないとされるている。背景には早期スクリーニングが困難なため、大半の症例が進行期で診断されてしまうということがあり、その5年生存率は45%以下といわれている。卵巣がんは腹水が貯留し、腹水中をがん細胞やEVが巡り、転移などが生じてしまうことも問題視されている。

そこで今回の研究では、EVシートで微量な腹水中EVの回収が行われ、そこに内包されるmiRNAの情報が解読された。その結果、従来は腹水として一元的に解析されていた腹水中EVには、採取位置によって変化することが判明。また、腹水全体としてのEVに搭載されるものとは異なるmiRNAが、腫瘍表面上のEVに存在することも確認されたとするほか、それらのうち、いくつかのmiRNAは腫瘍切除後に低下することから、診断や治療薬選択に寄与する新しいバイオマーカーとなる可能性があることも見出されたとする。

  • EVシート貼付によるEV回収の流れ

    EVシート貼付によるEV回収の流れ (出所:プレスリリースPDF)

なお、開発されたEVシートは、セルロース製なので生体適合性が高いこと、乾燥状態でEVを室温保存できること、さまざまな疾患に関連する体液中EVの革新的解析手法となれることなどの優れた特徴を有することが示されたとする。CNFの応用は、現在のところ機械的・化学的分野に限定されているが、今回の成果は新たな機能・用途を拓くものだと研究チームは説明しており、今後、がんをはじめとした多様な疾患を対象として、EVシートの医療応用を進めていくとしている。

  • 生体内位置情報に基づく微量体液中EV回収

    生体内位置情報に基づく微量体液中EV回収 (出所:プレスリリースPDF)