産業技術総合研究所(産総研)は11月8日、多様な極性を持つ微量の医薬品・生活関連有機汚染物質(PPCPs)を高効率に分離・除去できる新しい酸化グラフェン(GO)膜技術を開発したことを発表した。
同成果は、産総研 環境創生研究部門 界面化学応用研究グループの王正明上級主任研究員、産総研 ゼロエミッション国際共同センターの吉澤徳子総括研究主幹、京都大学大学院 工学研究科附属 流域圏総合環境質研究センターの竹内悠助教らの共同研究チームによるもの。詳細は、触媒作用や環境科学などの5つの観点から化学工学を扱う学術誌「Chemical Engineering Journal」に掲載された。
世界的な水問題に対する関心が高まる中、再生水を水資源として利用することが世界的に求められているが、一度利用された水の中にはヒトの活動で発生した何千種類ものPPCPsが存在する。それらは微量でも細菌などの薬剤耐性を引き起こすなど、ヒトおよび生態系に悪影響を与える危険性があり、可能な限り多くの種類のPPCPsを高効率に処理する必要がある。
しかしPPCPsは種類が多く、極性(正・負イオン態、中性)や親水性・疎水性の多様性、濃度の高低などの違いから、完全なPPCPsの分解や除去は非常に困難だ。そのため従来法で処理できるPPCPsの種類や処理効率には限界があり、また繰り返し使用のための再生操作の煩雑さや有毒な副生成物の発生という二次的問題もあった。ナノろ過膜や逆浸透膜、その複合膜技術などの先進的膜技術では、より高いPPCPsの除去率が実現されているが、高コストであることに加え、サイズの小さい一部の親水性汚染物質が素通りしてしまう問題もあり、やはりすべての除去は困難だという。
そこで産総研が開発を進めているのが、種々のGO膜やグラフェンナノ複合材料を駆使した微少濃度の有機質汚染物質の高効率除去技術だ。GO膜は、特異な選択的水透過性が示され、炭素質膜に特有な耐薬品性や防汚・抗閉塞力を併せ持ち、製法が比較的簡単であるなどのメリットも有することから、脱塩や海水淡水化でも注目されている。
そこで研究チームは今回、これまでに産総研の研究で得られた知見を活用し、GOの層間荷電状態を適切に制御することで、PPCPsのような複数の極性を持つ多様な有機汚染物質を一度に分離除去できると考察。炭素量子ドット(CQD)をGOの層間に挿入する方法により、静電的斥力および親水性・疎水性の違いによる排斥効果を持たせた新しいCQD-GO複合膜の開発を試みたという。
CQDは、多環芳香族、あるいはほかの不飽和炭素構造のつながりでできた骨格構造を持つ、原子サイズレベルの厚さで数nm~数十nmの2次元サイズの平面状粒子だ。また量子ドットの性質を有し、発光特性を示すうえ、エッジ部に多量の解離性表面官能基があるため、水に溶解させることも可能だ。また、GOとの相溶性にも優れているとする。
今回の実験では、化学的合成条件を適切に選択し、表面が正に帯電するCQDを作製。このCQDと表面が負に帯電するGOを混合させ、支持体の上に堆積させることで複合膜が作成された。研究チームは、透過型電子顕微鏡での観察により、膜の上には数十nm以下の大きさでいびつな形のCQDがGOの膜内に「インターカレーション」(層状化合物の層間に他の分子や分子集団、ナノ粒子を挿入する反応のこと)していることが確認されたとしている。
CQD-GO複合膜は、GO層間に正負の両電荷が共存する化学的環境が作られ、正負どちらかに帯電した有機汚染物質に対しても静電的斥力によって通過を妨げることが可能だ。その一方で、膜層間は強い親水的環境にあるため、親水性・疎水性の違いによる排斥効果により中性有機汚染物質の膜透過も不利になるという。
CQD-GO複合膜を用いて、実験室レベルの膜分離装置で分子量の小さい(<1000)極性の異なる37種類のPPCPsに対する分離効果を評価したところ、すべての極性のPPCPsに対して高い除去率が得られたとのこと。正イオン型PPCPsに対しては最低でも56%以上の除去率が実現され、負イオン型もしくは中性のPPCPsのいずれに対しても除去率が大きく向上したという。このことからも研究チームは、同複合膜の分離機構は正負の両電荷が共存した層間化学環境に起因する静電的斥力および親水・疎水性の違いによる排斥効果によるところが大きいものと考えられるとする。
今回開発されたCQD-GO複合膜を用いれば、一度に多種類のPPCPsを処理することができるため、世界的な水資源問題の解決のための高効率な再生水処理技術の開発に役立つという。研究チームは今後、同複合膜の物理化学的構造を最適化し、実際に使用可能なレベルまで分離性能を高める研究を進めるといい、将来的には環境水処理分野だけでなく、医薬品製造など、ほかの工業プロセスへの応用も目指すとしている。