名古屋大学(名大)、理化学研究所(理研)、横浜ゴム、北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)、高輝度光科学研究センター(JASRI)、科学技術振興機構の6者は11月7日、大型放射光施設SPring-8の高輝度硬X線と、独自開発の「X線吸収微細構造-コンピューター断層撮影(XAFS-CT)法」を用いて、ゴムと真ちゅう(銅と亜鉛の合金)材料の接着モデルに対し、ゴム中の銅の分布と化学種の状態を三次元的に可視化することに成功したと共同で発表した。

また、得られた三次元顕微分光イメージングデータの機械学習解析により、ゴムと金属材料の接着や、老化過程の銅の反応パターンの追跡を行った結果、ゴムと金属材料間の接着力を増強・低下させる過程で、銅が硫黄と反応する硫化反応のパターンが5通りあることを特定し、それに加え、接着老化の進行に伴い、反応パターンが変化する様子を捉えることにも成功したと併せて発表した。

同成果は、名大大学院 理学研究科の松井公佑講師(理研 放射光科学研究センター(RSC) 客員研究員兼任)、同・村本雄太大学院生(研究当時)、同・丹羽瑠星大学院生、同・大学 物質科学国際研究センター/同・大学大学院 理学研究科/同・大学 国際高等研究機構の唯美津木教授(RSC客員研究員兼任)、横浜ゴムの網野直也エグゼクティブフェロー/研究室長、同・鹿久保隆志主幹、JASRIの宇留賀朋哉 任期制専任研究員、JAIST 共創インテリジェンス研究領域のダム・ヒョウチ教授、同・ズイタイ・ディン博士研究員(研究当時)、同・ミンクエット・ハ大学院生(研究当時)らの共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の材料科学全般とその関連分野を含めた学術誌「Communications Materials」に掲載された

自動車用タイヤには、構造補強や耐久性の向上を目的として、真ちゅうがめっきされたスチールコード(ベルト)が埋め込まれており、ゴムに添加された硫黄と真ちゅうの銅が反応することで硫化銅層を形成し、両者が強固に接着されている。しかし、湿度や熱の負荷がかかる環境下(湿熱老化反応が起こる条件下)では、接着に関わる化合物の種類や分布が変化し、接着力が低下してしまうという。この接着が老化するメカニズムは詳細が不明で、ゴム材料の長寿命化・再資源化に向けた研究開発の障害の1つになっているとする。

ゴム中の接着に関係した銅の化合物の状態や反応を直接観察することは困難だ。そのため、これまでは材料中で不均一に広がった化合物の反応を捉える方法がなく、それが研究を進められない理由の1つだった。そこで研究チームは今回、高輝度硬X線とXAFS-CT法を駆使して、ゴム内部に真ちゅう粒子を混ぜた接着モデル材料の三次元顕微分光イメージングを非破壊で行える手法を開発することにしたという。

今回開発された手法では、ゴム中に分散した大量の真ちゅう粒子を一度にイメージングでき、また粒子周辺の銅の化学種を決めることも可能だ。これらのイメージングデータを機械学習によって解析することで、一度に数多くの真ちゅう粒子の反応情報を同時に抽出し、包括的に理解できることを特徴とする。それにより、真ちゅうにもともと存在する合金の銅に加えて、ゴム中の硫黄と結合した1価および2価の硫化銅の計3種類の化学種の分布と量の三次元的なイメージングが実現された。

1価の硫化銅は接着を強くし、2価の硫化銅は接着を弱くすると考えられている。解析の結果、湿熱老化の初期(3日目)には、真ちゅう粒子の周辺に薄く1価の硫化銅が分布し、ゴムとの接着層の形成を示唆する構造が多く観察された。湿熱老化の14日以降には、真ちゅうの反応が進み、2価の硫化銅が生成し始めたとする。湿熱老化処理の時間に応じて、銅の溶出、硫化、拡散が進む様子が可視化されたのである。

  • ゴムに真ちゅう粒子を混ぜ込んだ接着モデル材料に対するXAFS-CTイメージング

    ゴムに真ちゅう粒子を混ぜ込んだ接着モデル材料に対するXAFS-CTイメージング。ゴム中に含まれる3種類の銅の化学種の分布と量を三次元的にイメージングし、湿熱老化反応による銅の状態の変化を非破壊で可視化することに初めて成功した。湿熱老化によって、真ちゅう成分(赤色)の消費が進み、2価の硫化銅(緑色)が試料全体で生成していく様子が観察された(出所:名大プレスリリースPDF)

XAFS-CT法で検知されたゴム中に含まれる1000個程度の真ちゅう粒子に対して、湿熱老化反応前後での銅の反応を追跡することで、同反応における銅の反応の仕方を解析する方法が開発された。湿熱老化反応によって、どのように反応して変化したかを追跡できた802個の真ちゅう粒子に対し、3種類の銅の化学種の量(横軸)と、それらの分布や広がりに関する量(縦軸)に関するプロットが作成された。同プロット上で、湿熱老化反応前後の銅の変化を矢印(ベクトル)で結ぶと、矢印の大きさや向きが銅の硫化反応の度合いや反応の仕方を表すため、銅の硫化反応がどのように進行したかを理解することができるという。

湿熱老化時間を長くすると、3種類の銅成分では、矢印の大きさと向きが異なり、湿熱老化時間に応じてその挙動が劇的に変化することが判明。そこで、機械学習により矢印の傾向が分類され、パターンが5種類あることがわかった。その5パターンは、湿熱老化における銅の反応の仕方の違いに相当しており、湿熱老化時間に沿って反応パターンが変わっていく様子が見られたとする。湿熱老化時間が短いと、1価の硫化銅が増える反応が主に起こるのに対し、時間が3日を過ぎると、接着老化につながると考えられている2価の硫化銅が生成される反応が主に起こることが突き止められた。

  • 可視化された3種類の銅の化学種について、湿熱老化に伴う化学種の反応の仕方やその度合いを矢印(ベクトル)を用いて視覚的に示した図

    (左)可視化された3種類の銅の化学種について、湿熱老化に伴う化学種の反応の仕方やその度合いを矢印(ベクトル)を用いて視覚的に示した図。矢印の長さと方向で反応の違いが表されている。(右)機械学習により分類された5種類の反応パターンの内訳の図。3日目までの湿熱老化では、真ちゅうが硫化されて一価の硫化銅が生成するパターン1の反応が主であるのに対し、3~14日までの湿熱老化では、パターン1は消失し、パターン3と4(2価の硫化銅が生成する)が起こる。湿熱老化の最終段階(14~28日)では複数の反応が並行して起こることが確かめられた(出所:名大プレスリリースPDF)

今回の研究成果により、これまで不明だったゴム材料内部の接着老化メカニズムの可視化が実現され、それが寿命予測につながるとする。研究チームは、今回の成果がタイヤの長寿命・再資源化のための研究開発に貢献できることが期待されるとしている。