名古屋大学(名大)、広島大学、北海道千歳リハビリテーション大学、酪農学園大学(酪農大)の4者は11月6日、イモリを用いて損傷した腱が完全に再生する現象と、そのメカニズムを人間に活かすためのヒントを新たに発見したことを共同で発表した。
同成果は、名大大学院 工学研究科の佐藤史哉大学院生(研究当時)、同・前田英次郎准教授、同・松本健郎教授、広島大 両生類研究センターの林利憲教授、北海道千歳リハビリテーション大の鈴木大輔教授、酪農大の岩崎智仁教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、「Journal of Orthopaedic Research」に掲載された。
地球には、両生類のイモリやサンショウウオのように強力な再生能力を有する生物もいるが、ヒトを含むほ乳類において、再生できる部位は一部に限られている。ほ乳類の場合、筋肉と骨をつなぐ重要な腱を損傷した場合も、ある程度は元に戻るものの、大半は完全には再生できないことがわかっている。再生医療の一環として、このような腱損傷の完全再生を目指した研究も進められているが、ほ乳類の腱損傷をどのようにすれば元通りに治癒再生できるのか、今のところは不明だという。
そこで研究チームは今回、四肢や心臓を再生できることで知られるイモリの仲間「イベリアトゲイモリ」を腱再生のお手本にすることを着想したとのこと。世界に先駆けてイモリの腱を用いた損傷治癒研究モデルを開発することで、腱再生の謎に迫ることを目指したという。
イベリアトゲイモリは世界最大級のイモリで、マウスに匹敵するサイズであることから、研究チームは、マウスの腱の損傷治癒との直接比較を可能にしたことを今回の研究モデルの特徴に挙げる。研究対象をイモリとマウスで共通する腱として、後ろ足の中指の屈筋腱(中趾屈筋腱)と定め、完全に切断する手術を行った6週または12週後の治癒再生腱を回収し、材料試験および組織観察を実施したとしている。
その結果、イモリでは術後6週で切断された腱が、腱に類似した新しい組織(再生組織)によってつながっており、術後12週においては再生組織は健常腱と同等の強度を示したという。一方マウスでは、切断後に腱とは異なる治癒組織が、切断された腱全体を包むように形成され、術後12週においてもその強度は健常腱と比べて統計的有意に低いままだったとのことだ。
次に、健常な腱と治癒再生組織の構造について、nmスケールでの比較が行われた。すると、マウスでは健常腱と治癒組織は構造が大きく異なったのに対し、イモリでは健常腱と再生組織の構造は類似した構造が示されたとする。また、健常腱同士をイモリとマウスで比較すると、イモリの腱はマウスよりもシンプルな構造を持つことが確認されたという。このことから研究チームは、イモリはシンプルな腱の構造を再現することで、切断部に新しい腱を形成する仕組みを持つことが明らかになったと結論付けた。
これまで、イモリなどの両生類の組織再生力を対象とした研究は数多く行われてきたが、その多くは欠損させた指、四肢、心臓など、大規模な再生が対象とされてきたとする。それに対して今回の研究は、ヒトでも起こりうる比較的小規模な組織の損傷再生に焦点を絞ることで、単なるイモリとほ乳類(マウス、ヒト)の治癒再生力の違いに加え、治癒再生の仕組みの違いも解明された。
現状、ヒトの腱の損傷治癒は不完全な形で終了するため、元の強度を取り戻せないことから、腱やそれに類する構造を持つ靭帯のケガにアスリートなど多くの人が悩んでいる。研究チームは今回の成果により、ほ乳類の腱でも完全な機能回復に導くためのメカニズムの一端が明らかにされ、そうした人々がより早くより良い形で競技や日常生活に復帰できることにつながることが期待されるとした。
また、今回のイモリの組織再生現象をマウスと直接比較する研究モデルは、学術的には世界でも他になく、腱だけでなく、ほかの組織を対象とする組織再生研究に新しい展開をもたらすものだとしている。