東京大学(東大)と科学技術振興機構(JST)の両者は11月6日、テラヘルツ帯域に共鳴周波数を持つオンチップの光共振器「スプリットリング共振器」(SR共振器)と、「半導体ヘテロ構造」中の電子を強く相互作用させ、光と電子の両方の性質を持つハイブリッド結合状態を生成すると共に、その量子状態を、電気的な狭窄(きょうさく)構造である「量子ポイントコンタクト」(量子PC)を用いることで、電気的に読み出す技術を確立したと共同で発表した。

同成果は、東大 生産技術研究所(東大 生研)の黒山和幸助教、同・平川一彦教授、同・大学 ナノ量子情報エレクトロニクス研究機構の荒川泰彦特任教授、同・權晋寛特任准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行するナノサイエンスとナノテクノロジーの全般を扱う学術誌「Nano Letters」に掲載された。

  • テラヘルツ光共振器と量子PCを集積化した試料

    (左)テラヘルツ光共振器と量子PCを集積化した試料。(右)ナノ領域におけるテラヘルツ電磁波と電子チャネルの超強結合の概念図(出所:JSTプレスリリースPDF)

量子情報処理技術などへの応用の観点から、単一の光共振器の量子状態を読み出す技術が強く望まれている。先行研究では、多数の光共振器を整列させ、その光透過率の平均値を測定する方法が主に用いられてきたことから、研究チームは今回それら従来手法ではなく、電気的な測定手法を用いることで、単一のテラヘルツ光共振器と電子系が結合した量子状態を検出することにしたという。

具体的には、単一オンチップのスプリットリング(リングの一部が切断された金属構造)共振器と、GaAs半導体中の2次元電子系との間の超強結合状態を、2次元電子系に作製された、電気的な狭窄構造の電気伝導である量子PCを測定することによって電気的に読み出すことが着想された。

GaAs半導体基板上に作製されたSR共振器に対し、外部からテラヘルツ電磁波を照射して共鳴励起させると、共振器の下側のギャップにおいて非常に強い電場の閉じ込めが起こる。さらに、2次元電子系に対して面直の磁場を印加すると、極低温においては2次元電子のサイクロトロン運動が量子化し、離散的なエネルギー準位である「ランダウ準位」が形成される。2次元電子は、SR共振器のギャップにおける強い電場を感じることで、ランダウ準位間で共鳴励起されるのである。

  • 試料構造とスプリットリング共振器の光学特性

    試料構造とスプリットリング共振器の光学特性。(a)作製された半導体試料の電極構造。上部にある黄色い正方形の電極はテラヘルツ帯域のスプリットリング共振器として機能する。共振器の下側にある3本のサイドゲート電極のうち、左の電極とスプリットリング共振器に負電圧を印加し、2次電子層においてそれらの間隙に量子PCが形成される。(b)共鳴励起されたスプリットリング共振器周辺の電場分布のシミュレーション結果。共振器のギャップ、および量子PCの形成される領域など、赤や白などの明るい色で示された領域において電場が増強されている(出所:JSTプレスリリースPDF)

量子PCは、SR共振器の隣に作製されたサイドゲート電極とSR共振器の間に形成される。両者に負電圧を印加することで、サイドゲート電極とSR共振器との間に2次元電子に対して電気的な閉じ込め構造を作ることが可能だ。そこで、テラヘルツ電磁波が試料に照射され、量子PCにおける電流変化(以下、光電流)の、入射周波数と印加磁場の大きさに関する測定が行われた。

その結果、磁場に関して共鳴周波数が増大する信号が観測された。この信号は、2次元電子のランダウ準位間の共鳴励起による信号であり、その共鳴周波数はサイクロトロン周波数によって説明することができるという。

さらに、共振器の共鳴周波数とサイクロトロン周波数とが一致する磁場領域においては、2つの共鳴信号の間で明瞭な反交差信号(互いに避けあう信号)が観測された。この反交差信号は、光共振器と2次元電子との間で、光子を介してエネルギーを交換し合っている(いわゆる、真空ラビ振動)ことが示されているとする。

  • 量子PCの光電流スペクトルと外部照射無しの条件下における、量子PCの電気伝導の異常な変調

    量子PCの光電流スペクトルと外部照射無しの条件下における、量子PCの電気伝導の異常な変調。(a)量子PCにおける光電流スペクトルの磁場依存性の測定結果。共振器の共鳴モード(白矢印)と2次元電子のサイクロトロン共鳴(黄色矢印)との間で、明瞭な反交差信号が観測されている。(b)量子PCの電気伝導の磁場依存性の測定結果。白く示された領域では、量子PCを透過する伝導チャネルの本数が整数になることで伝導度が一定になっている。黒い矢印で示した領域では、本来は電気伝導度が一定になるはずの領域において、異常な伝導度変化が現れている(出所:JSTプレスリリースPDF)

さらに、共振器と2次元電子の結合強度が評価された結果、ラビ周波数(共振器と2次元電子との間で起きるエネルギーのやり取りの周波数)が、共振器の共鳴周波数の0.1倍よりも大きいことが判明。これは、共振器と2次元電子とが超強結合状態にあることが示されているとした。

今回の研究において、共振器と2次元電子のサイクロトロン共鳴とがエネルギー的に共鳴となる磁場領域において、外部から電磁波の照射を行っていないにもかかわらず、量子PCにおける電気伝導が顕著に変調される振る舞いが観測された。現段階では詳細なメカニズムは不明だが、別の測定試料においても同様の信号が再現良く観測されており、今回の結果は共振器における真空電磁場揺らぎの増大に起因した電子輸送特性の変調を示唆する重要な結果の1つであることが考えられるという。

テラヘルツ帯域は、量子PCや量子ドットなどの半導体ナノ構造のエネルギースケールと一致する。研究チームは今後、今回の技術を応用し、半導体ナノ構造に局在する電子とSR共振器との強結合や超強結合状態を実現し、テラヘルツ帯域における量子情報通信技術や半導体量子ドットで構成される量子ビットの新しい制御技術への応用を目指すとした。それにより、従来よりもはるかに高速な量子情報の伝送技術の実現や、超伝導量子ビットや半導体量子ビットで喫緊の課題となっている高温で動作する固体量子コンピュータの発展につなげるとしている。