量子科学技術研究開発機構(量研機構)と東京大学(東大)の両者は11月6日、「宇宙核時計」の1つとして期待される長寿命の放射性同位体「ルテシウム(ルテチウムとも表記)176」(176Lu)の半減期の最も正確な値を新しい実験方法で計測し、過去に計測されていた半減期が矛盾していたという問題を解決したことを共同で発表した。
同成果は、量研機構 関西光量子科学研究所の早川岳人上席研究員、同・静間俊行上席研究員、東大大学院 理学系研究科の飯塚毅准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の物理学を扱うオープンアクセスジャーナル「Communications Physics」に掲載された。
元素の原子番号はその原子核中の陽子の数によって決まるが、同じ元素でも中性子の数が異なる同位体が存在する。そして同位体には、原子核が安定している安定同位体(身の回りの物質を構成する元素のほぼすべて)と、原子核が不安定で放射線を出して崩壊してしまう放射性同位体がある。
放射性同位体はアルファ崩壊やベータ崩壊などによって、親核(放射性同位体自身)から娘核(別の元素)に変換される。親核の量が半分になるまでの時間である半減期は、放射性同位体ごとにそれぞれ異なる。ヒトが知覚できないほどの一瞬で崩壊する元素も多いが、中には数千万年から数百憶年といった長い半減期を持つ放射性同位体もあり、それらは宇宙核時計と呼ばれる。
宇宙核時計を用いることで、たとえば隕石などの年代測定を行う場合、親核と娘核の量を調べることでその隕石が形成されてから現在までの経過時間を測定することが可能となるが、経過時間の評価に利用するには、放射性同位体の正確な半減期を把握しておく必要がある。
原子番号71の176Luは、約400億年という現在の宇宙の年齢の3倍近い長さの半減期を持つ長寿命放射性同位体の1つだ。つまり、176Luが含まれている物質であれば、どれだけ古かったとしても年代測定が可能となることから、宇宙核時計としての利用が期待されている。しかし、これまで20以上の研究チームによって半減期の計測が行われたが、計測結果は互いに大きく異なっており、これまで正確な半減期がわかっていなかった。
176Luがベータ崩壊する際にベータ線などの放射線が放出されるが、従来は176Lu試料から一定時間内に放出されたその数を数えることで、ベータ崩壊の回数が求められていた。従来の検出器は試料から放出されたすべての放射線を測定できないため、測定された放射線の数はベータ崩壊の実際の回数よりも少なくなってしまう。そのため、測定された放射線の数からベータ崩壊の数を求めるための係数をシミュレーション計算や校正実験で求めておかなければならない。しかし、これは係数が不正確な場合、半減期の値が大きく変わってしまう危険性を有する。実際、過去に行われたいくつかの実験では、係数が間違っていた可能性があるという。そこで研究チームは今回、新しい測定法を発案し176Luの計測に初めて適用することにしたという。
今回の手法では、放射線検出器を構成するシンチレーション結晶の内部に176Lu試料を入れ、試料から放出されるすべての放射線のエネルギー計測が行われた。ベータ崩壊が発生した場合、必ずベータ線などがエネルギーとして放出されるため、計測された放射線の数がベータ崩壊の数にほぼ等しくなる。そのため、放射線の数からベータ崩壊の数への校正を行う必要性がなくなる(係数を取り除ける)。
このように、同手法は従来手法の問題点を解決しており、今回の計測結果の371億2000万~372万6000万年は、これまでに計測されたどの値よりも真実の値に最も近いと考えられるとした。
今回の研究で信頼性の高い値が得られたため176Luが今後、宇宙核時計として広く使用されることが期待される。隕石などの試料に含まれる176Luと娘核の原子番号72のハフニウム176の量の計測により、隕石の母天体(小惑星や彗星など)が形成されてから現在までの経過時間がわかるようになる。また、月や地球の形成や進化の解明にも重要な役割を果たすことが期待されるという。ルテシウムとハフニウムは揮発しにくく、ジルコンなどの岩石に取り込まれやすいため、天体形成初期のマグマオーシャンから地殻の形成に至る年代研究に適しているとする。
また、太陽系形成以前に発生した超新星爆発の年代測定への適応も期待されるという。これまでの隕石研究から、太陽系形成直前に超新星爆発が発生し、太陽系形成に影響を与えた証拠が発見されているが、超新星爆発から太陽系形成までの時間に大きな開きがあり明確ではない。176Lu宇宙核時計を用いることで、年代測定の精度が高まることが期待されるとしている。