東京都医学総合研究所(都医学研)と生理学研究所(生理研)は11月2日、意欲に関連した脳領域「腹側中脳」の活動が、発揮される力の強さとより密接に関連することを明らかにしたと発表した。
都医学研 脳機能再建プロジェクトの菅原翔主席研究員、生理研 心理生理学研究部門の定藤規弘教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、大脳皮質の発達・進化・組織化・可塑性・機能などに関する学際的な分野を扱う学術誌「Cerebral Cortex」に掲載された。
成果に対してより高い賞金がもらえることが期待される場面では意欲が高まり、より素早く反応することができるようになるなど、高まった意欲に応じて運動パフォーマンスも高くなることはよく知られている。そのため、反応の速さは多くの研究で意欲の指標として用いられてきたほか、意欲は、神経伝達物質のドーパミンを産生する細胞の集まる腹側中脳の活動と関連することが、多くの動物実験とヒト脳機能イメージング実験によって示唆されてきたこともあり、意欲が高い時にドーパミン細胞の活動が、それが素早く反応できるようにさせているというように理解がされてきたという。
しかし、意欲と関連する腹側中脳の活動が運動パフォーマンスとどのような関係にあるのか、詳しいことはわかっていなかったということから、研究チームは今回、参加者の意欲水準と運動パフォーマンスとの関連性を評価するための実験手法を考案することにしたという。
具体的にはヒトを対象とし、短距離走を模して素早い反応に対して与えられる賞金額(500円・50円・0円)を「よーい・ドン」のタイミングで伝え、その直後に素早く握力計を握る行動課題を作成し、意欲と運動パフォーマンスをつなぐ脳領域を調べる研究を実施することにしたとする。
実験の結果、これまでの研究で示されてきた通り、期待する賞金額が大きいほど握る反応時間は速くなったとする一方、素早く握ることしか求めてないにも関わらず、賞金とは関係ない握る強さも賞金額が大きいほど強くなっていることも確認されたという。この結果について研究チームでは、意欲水準は反応の速さに加えて、発揮する力の強さにも影響することが示されたとするものの、必ずしも反応が早い時に、強い力が出るというわけではなく、この結果は反応の速さと力を出す度合いの制御は独立した神経メカニズムがあることを示唆するものだったとも説明している。
そのため、そうした意欲水準によって左右される運動パフォーマンスの神経メカニズムを解明することを目的にfMRIを用いた脳活動の計測が実施したところ、「よーい」のタイミングでの意欲を司る腹側中脳と、運動の実行を司る「一次運動野」などの運動関連領域の活動は、期待する賞金額が大きいほど強くなっており、この中脳と皮質をつなぐ中脳皮質系の活動は意欲水準を反映していることが確かめられたとする。
また、運動パフォーマンスを説明できる脳領域を解明することを目的に「よーい」のタイミングで生じるこれらの運動準備活動と、その後の「ドン」のタイミングで発揮される運動パフォーマンスがどのような関係にあるかを調べたところ、運動を実行する前の運動準備状態での一次運動野の活動は、反応の速さと力の強さの両方と関連する一方、腹側中脳は力の強さとだけ関係することが確認されたという。
これまで、多くの研究において意欲と腹側中脳活動との関連性が示されており、その意欲の指標として反応の速さが用いられてきたが、今回の研究結果からは、反応の速さは意欲水準と関連しているが、反応の速さは腹側中脳の活動とは関係がないことが示された一方で、腹側中脳と一次運動野を結ぶ中脳皮質系の活動は、意欲水準とは直接関係がない力の強さと密接に関係することも示されたことから、研究チームでは、運動を実行する際に、中脳皮質系が心の有り様によって、意図せずに力を発揮する度合いを制御していることが示されたと説明している。
なお、この中脳皮質系が意図しない力の強さと関連するという今回の発見について研究チームでは、意欲などの心の有り様が意図せず強い力を発揮させる「火事場の馬鹿力」の神経経路を明らかにするものだとしているほか、今回の知見について、運動パフォーマンス向上を目的とするスポーツ選手の競技力向上を目的としたメンタルトレーニングの提案にもつながるほか、活動したいという意欲が低下してしまう気分障害や、気分障害と運動障害を併発するパーキンソン病での症状理解や新たな治療戦略の開発につながることが期待できるとしている。