史上初の宇宙飛行士ユーリィ・ガガーリンが飛び立った、ロシア・バイコヌール宇宙基地の第1発射台、通称「ガガーリン発射台」について、ロシアが手放す意向を示した。
タス通信などロシア主要メディアが2023年10月14日に報じた。
同基地は、ロシアがカザフスタン政府に多額の賃料を支払い租借しており、手放すことでコスト削減を図る狙いがあるとみられる。また、ガガーリン発射台は新型ロケットの打ち上げに使うため改修が行われるはずだったが、資金難により進んでおらず、ロシアにとっては二重に負担となっていた。
ロシアはまた、カザフスタンに対してガガーリン発射台を博物館にすることも提案しているという。
バイコヌール宇宙基地のガガーリン発射台
バイコヌール宇宙基地はカザフスタン共和国チューラタムにあるロケット発射場で、ロシアが租借し、運用している。かつてはソビエト連邦(ソ連)内だったが、1991年のソ連解体によりカザフスタン領内となり、ロシアは同基地を使用するために、カザフスタンに対して年間1億1500万ドル(約170億円)の賃料を払い続けている。
同基地で最初に建設され、そして数多の歴史をつくってきたのが第1発射台(LC-1/5)である。1955年に建設が始まり、1957年5月には世界初の大陸間弾道ミサイル「R-7」の試験発射が行われ、同年10月4日にはR-7を改造したロケットを使い、世界初の人工衛星「スプートニク」が打ち上げられた。
そして1961年4月12日、「ボストーク」宇宙船に乗ったユーリィ・ガガーリンが飛び立ち、人類初の有人宇宙飛行を成し遂げた。それを称え、いつしかこの発射台は「ガガーリン発射台(ガガーリンスキィ・スタールト)」と呼ばれるようになった。
同年にはまた、増大する打ち上げ需要に応えるため、新たにLC-31/6という発射台が建設され、ガガーリン発射台とともに、さまざまな人工衛星や有人宇宙船、月・惑星探査機の打ち上げに頻繁に使われてきた。ロシアの宇宙開発におけるワークホースである「ソユーズ」ロケットをはじめ、R-7から派生した各ロケットは独特な構成をしており、発射台もまた、整備塔や支持アームがチューリップのように花開く、ほかにはない構造をしていることから、多くのファンを魅了した。
こうしたなか、2004年にはソユーズ・ロケットの最新型となる「ソユーズ2」ロケットが開発され、それに合わせてLC-31/6を近代化改修し、打ち上げが行われるようになった。ガガーリン発射台はその後も旧型のソユーズ・ロケットの打ち上げに使われていたが、2018年に改修が決定され、2019年9月25日の「ソユーズMS-15」宇宙船の打ち上げをもって、運用を一時休止することとなった。
もっとも、ロシア単独では費用を捻出することが難しかった。そこで2021年11月、カザフスタン、アラブ首長国連邦(UAE)とともに、共同事業として進めることが決定され、声明に署名が行われた。このとき、改修工事の完了と、ガガーリン発射台からの最初のソユーズ2の打ち上げは2023年にも計画されていた。
しかしその後、カザフスタンのバグダット・ムシン デジタル開発・イノベーション・航空宇宙産業大臣は、「UAEが、この事業に関する決定を遅らせた場合、新たなパートナーを模索する」と発言しており、なんらかの不協和音があったことが示唆された。
また2022年4月12日には、ロスコスモスのドミートリィ・ロゴージン社長(当時)が「ロシア・カザフスタン・UAEの三頭政治によって、資金も結果も得られるだろうという私たちの期待は成功しなかった。資金は限られており、ガガーリン発射台の改修より、新しい発射台を建設するほうが合理的だ」と発言しており、昨年の時点で協力関係は崩壊していたものとみられる。
ガガーリン発射台は廃止か?
こうした中、ロシア国営宇宙企業ロスコスモスは10月14日、「カザフスタン側に対し、ガガーリン発射台の租借契約を撤回し、ロケットの打ち上げ場所としては廃止するとともに、宇宙博物館を建設することを提案した」と明らかにした。
タス通信によると、「この問題は、9月6日から8日にアスタナで開催されたバイコヌール宇宙基地に関するロシア・カザフスタン政府間委員会の第9回会合で検討された」という。また、「これは宇宙開発に関する歴史的遺産を保存し、バイコヌールの観光地としての魅力を拡大するために必要だとされた」としている。
このことは、ロシアとカザフスタンが、ガガーリン発射台をソユーズ2ロケットの打ち上げ用に改修するための費用を捻出できなかったこと、UAEに代わる新たなパートナーを見つけられなかったことを示唆している。
また、ロシアは前述のように、バイコヌール宇宙基地を使用するため、カザフスタンに対して多額の賃料を払い続けており、現在の契約は2050年まで有効とされている。ただ、ロシアの宇宙開発は長年予算不足に悩まされており、さらにウクライナ侵攻の影響もあって、今後も厳しい状況が続くものと見られることから、ガガーリン発射台を手放すことで、金銭的な負担を軽減する狙いもあると考えられる。
なお、バイコヌール宇宙基地そのものの租借契約はまだ続くものとみられ、LC-31/6など他の発射台や施設設備に関しては引き続きロシアが使用し、有人打ち上げなどは問題なく続くものとみられる。
ロシアはまた、主に極軌道への衛星打ち上げに関しては、ロシア北西部にあるプレセツク宇宙基地から行っている。さらに、極東部のアムール州に「ボストチヌイ宇宙基地」を建設、2016年からソユーズ2ロケットを打ち上げており、次世代ロケットをはじめ、将来的には有人宇宙船の打ち上げも、この新基地から行うことが計画されている。そのため、ガガーリン発射台を廃止しても大きな影響はないものとみられる。
参考文献
・https://tass.ru/kosmos/19011505
・https://ru.sputnik.kz/20231014/roskosmos-khochet-vyvesti-gagarinskiy-start-na-baykonure-iz-arendy-i-sdelat-tam-muzey-39357455.html
・https://novosti-kosmonavtiki.ru/news/83371/この著者の記事一覧はこちら鳥嶋真也
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