情報通信研究機構(NICT)は11月1日、通常なら全方位に広がってしまう深紫外LEDの光を、ナノ光構造技術を用いて、レンズや光学部品などを用いずに光の配光角を制御することで高い指向性を有する「オプティクスフリー深紫外LED」を開発することに成功したと発表した。
同成果は、NICT 未来ICT研究所の井上振一郎室長らの研究チームによるもの。詳細は、英国物理学会出版局の刊行する応用物理学に関する全般を扱う学術誌「Journal of Physics D: Applied Physics」に掲載された。
紫外線は、波長100~380nm程度の電磁波であり、中でも300nm以下のものが深紫外線と呼ばれる。そのうち波長280nm以下の深紫外線は、オゾン層に完全に吸収されることから地表には届かず、「ソーラーブラインド領域」と呼ばれ、太陽光による背景ノイズの影響を受けない光信号の送受信が可能となるため、高速光無線通信の屋外環境利用における応用可能性を広げる技術として応用に向けた研究開発が進められている。
また、生物のDNAやRNAは、280nm未満の深紫外線に対して強い吸収構造を持つことが知られているほか、深紫外線はエネルギーが高いことから、DNAやRNAを損傷する力があることも知られており、深紫外線を用いた細菌やウイルスなどの殺菌・不活性化も可能なため、接触感染やエアロゾル感染を介した感染拡大を抑制するための画期的なツールとしても期待されている。
ただし、深紫外線はヒトやペットなど細菌やウイルス以外の生き物にとっても有害と考えられており、実応用のためには安全性の確保が必須であり、照射が必要な場所のみに選択的に深紫外線を照射する技術が求められていたとする。
一般に、LEDから放射される光は全方位に拡散されるため、これまでは、外部取付のレンズや光学部品を用いて光の配光角が制御されてきた。しかし、深紫外LEDの場合、一般的な光学ガラスレンズでは深紫外線が吸収されてしまうため、深紫外域で透明性の高い高純度の合成石英レンズを用いる必要があり、システムのコストが高くなってしまうという課題があったという。研究チームでは、深紫外LEDの物体表面や空間の殺菌、自由空間光通信用途などでの実応用を考えると、照射が必要な場所のみに選択的に深紫外線を照射できること、ならびに高コストのレンズや光学部品を使用しないオプティクスフリーで深紫外LEDチップ単体で配光角を制御できること、という2点を実現した上で高強度かつ効率的に照射できる必要があるとしている。
こうした課題を踏まえて研究チームは今回、ナノ光構造技術を用いることで、オプティクスフリーで光の配光角を制御できる深紫外LEDの開発を試みることにしたという。
具体的には、AlN光出射面に形成されたナノオーダーの「位相型フレネルゾーンプレート構造」と、AlGaNマイクロLED構造を組み合わせて開発を行うことで、オプティクスフリーで、光放射をビーム形状(配光角の半値全幅:10°以下)にコリメート(拡散する光を直進性の高い光に変えること)した、配光角の制御が可能な“高指向性”深紫外LEDを開発することに成功したとする。
また今回開発された構造は、深紫外LEDの光取出し効率の向上にも有効であり、その光出力を向上(従来比約1.5倍)させる効果があることも確認された。
研究チームでは、今回の成果について、通常なら全方位に広がってしまう深紫外LEDの配光角を、オプティクスフリーで極めて狭角に制御できることを示すことに成功したものだという。殺菌から医療、センシング、環境、光加工、ソーラーブラインド光無線通信応用まで、多岐にわたる分野において、深紫外LEDを活用した光システムの応用の幅を広げ、その安全性、効率性、生産性を飛躍的に高める技術として期待されるとする。
なお研究チームでは今後、今回の技術を用いることで、表面や空間中の細菌・ウイルスをより安全かつ効果的に不活性化するシステムや、太陽光下の屋外環境でも安全・超高速・低ノイズに通信可能な光無線通信システムなどの実現を目指していくとした。また、深紫外線デバイス技術のさらなる研究開発とその社会実装に向けた取組も進めていくとしている。